永井怜選手について

2017年10月28日

2015年10月4日に引退を発表し、10月6日の登板を最後に現役を引退した永井怜選手です。この10月6日には別途引退を発表していた小山選手も引退登板しました。

永井選手は2006年の大学生・社会人ドラフトにおいて楽天ゴールデンイーグルスから1位指名を受け入団しました。

実は永井選手はこの時に所属していた東洋大学を一般入試で入学し、法律学部に通いながら、高校教師としての指導者を目標にしていたそうです。従って、特別プロ野球選手を目指していたわけではなかったわけですが、その大学時代の東都大学リーグ戦において16奪三振を記録するなど、その才能の片鱗が見え始めていました。

最終的にそその後1位指名を受けたこともあり、楽天に入団。開幕一軍ではなかったものの、開幕直後の4月1日に初登板。その後の17日には初先発とルーキーイヤーは順調に始まったかのように思えましたが、シーズン中盤まで先発ローテーションを守り続けたものの、結果は4勝。防御率も4点台ということもあり、チームの事情も踏まえ、リリーフへと転向します。

リリーフ転向後は防御率が1点台に抑え、リリーフであるにも関わらず3勝を挙げるなど、チームに貢献しました。

その後もチームに貢献を続け、2009年には13勝し、岩隈選手と田中選手と共に3本柱と呼ばれ球団史上初めてのAクラス(2位)への躍進の立役者となりました。

永井選手は100球を前後に疲れが見え始めることが多くありましたが、この2009年では完投5回、うち完封2回という活躍をしています。

その後、2011年に右肩を故障した後は全盛期のような低めの制球力も影をひそめてしまい、2015年に引退しました。

永井選手は同球団の青山選手と共に甘いマスクの持ち主で女性ファンが多く、投球スタイルも同期入団の田中選手とタイプが異なり、速球でグイグイというよりは変化球の緩急で打者を翻弄するタイプのピッチャーで、そのスタイルがまた人気を加速していたとか。

さらに、速球派ではない以上、重要なのはその制球力であり、上記のとおり、低めに集める投球が得意でした。中でもSFFの切れ味は抜群だった上、スローカーブによる緩急もあり、打者に的をしぼらせない投球スタイルを貫いていました。

ピッチャーとしては細身のほうで、2010年のオールスター戦に選出された際には球場の女性ファンからの声援も一際大きかったようです。

今後のことについてはまだ発表されていませんが、大学当時目指していた教職員免許の取得がまだということもあり、球団スタッフとして残留する以外にも、当時の夢である高校教師(大学在学時は公民の教師を目指していたそうです)としての甲子園出場を目指すといった可能性もあるのではないかと思います。

まだ31歳(2015年現在)という若さで現役を引退したということもあり、社会全体で見てもまだまだ働き盛りな永井選手の第2の人生に期待します。