若鷹軍団Hawksの軌跡~根本監督の功績

2017年10月28日

高校野球名監督の心に響くことば

根本新体制と福岡ドーム元年

根本監督の他に、現役時代に320勝をした小山正明をヘッドコーチに迎え、南海で活躍し現在KBC九州朝日放送で解説している藤原満がコーチとして入団。

選手としては、2000年に中継ぎとして60試合に登板して活躍した渡辺正和(現福大野球部監督)が入団しました。

年が明けた1993年の3月に福岡ドームがオープンし公式戦が開幕しましたが、45勝80敗という散々な成績に終わり最下位に逆戻りしました。

そしてその年のシーズンオフに、根本陸男は自らの人脈を駆使して大トレードを敢行。そのトレードとは、西武ライオンズから秋山幸二外野手を獲得することでした。

プロ野球ファンなら、誰もが驚いたであろう秋山を中心にした3対3のドレードが実現し、FA選手の第1号として、阪急やオリックスで活躍したスイッチヒッターの松永浩美内野手も入団する事となりました。

そしていよいよ、後にミスターホークスと呼ばれるようになる小久保裕紀を逆指名で獲得するのです。

秋山を中心に飛躍した1994年と王貞治の招へい

福岡ドームがオープンした去年頃から、九州でのホークス人気も少しずつ根付いてきました。年間の観客動員数も増え、後はチームとして強くなれば問題無かったのです。

1994年のシーズンは、走攻守の三拍子が揃った秋山の加入で、上位に食い込む事が期待されました。事実、チームは28年振りに開幕4連勝でスタートしました。また5月の終わり頃には、18年振りに貯金10を達成しました。

そして最終的に69勝60敗と勝ち越し、2位オリックス、3位近鉄とはゲーム差無しの僅か6毛差で4位になりました。あと1勝していたら2位も有り得たのです。これでチームとしての形が整い、球団は更なる飛躍を願って、根本監督の人脈を頼りにある大物の招へいに動くのですが、その大物こそ、日本球界を代表するスーパースターである王貞治でした。

シーズン終盤に、王の監督就任の噂が流れると、根本は来年も自分が監督を続けると必死に打ち消していましたが、10月12日についに王貞治の監督就任が発表されました。

それに伴い、マサカリ投法でロッテのエースだった村田兆治が投手コーチとして、広島で共に活躍した達川光男と高橋慶彦が、バッテリーコーチと打撃コーチ兼走塁コーチとして入団しました。名前も実績もある人ばかりです。

また、西武ライオンズからFAで、工藤公康投手と石毛宏典選手などのそうそうたる顔ぶれの選手が加入することになりました。

更にドラフトでは、将来の正捕手である城島健司が1位で指名され入団が決定しました。城島は大学進学を表明していましたが、王監督が直接出馬して学校を訪れると、一転してホークス入団を表明したのです。

実は城島は中学生の頃に野球教室で王監督と出会っていました。王監督から冗談でしょうが、将来は巨人に入るように言われてその気になり、本当に巨人入りを目指していたのです。ですが時代の流れで王がホークスの監督になった事から、自分の目標も変わりホークスへと入団する事になるのです。

今回のタイトルを「根本監督の功績」としたのは、秋山選手のトレードや王監督の招へい、更には工藤公康のFAによる加入など、将来のホークスの基盤を作ったという事で功績としました。根本陸夫がいなければ、今のホークスは無かったかもしれません。