若鷹軍団Hawksの軌跡~ソフトバンクホークスの誕生

2017年10月28日

ソフトバンクホークス 鷹の祭典限定 レプリカ Lサイズ

夢は世界一の球団へ

2004年11月30日、ソフトバンクは正式に福岡ダイエーホークスの買収を発表しました。球団自体の買収額は50億円で、その他、興行権やチケット関連の販売権などを含めると200億円という巨額な値となりました。この時、ソフトバンクの孫社長は「プロ野球界の歴史を変える一助になりたい」と語りましたが、自分の球団を世界一にしたいという夢も持っていました。孫社長は後日渡米してメジャーリーグの経営者等と会い、球団同士で世界一決定戦を実現させたいような主旨を伝えています。選手たちも新オーナーの意向をくみ、「世界一を目指す」と口に出していましたね。

年が明けた1月30日にファン交流イベントが開催され、ユニフォームや応援歌の発表が有りました。ユニフォームの袖の部分には、親会社のソフトバンクのロゴをアレンジした黄色の二本線が挿入されました。もともとの二本線は、孫社長が好きな坂本竜馬の海援隊の旗印から取ったものですね。また応援歌はファンの願い通りに、ダイエー時代と同じ歌のままで、ダイエーホークスの部分をソフトバンクホークスに変更しただけのものとなりました。

新球団一年目もプレーオフに泣く

こうして2005年のシーズンが開幕しました。戦力としては、井口が大リーグに移籍しましたが、近鉄からFAした大村直之外野手を獲得、し、また大リーグ通算214本塁打のトニー・バティスタを2年総額で約15億円を出して獲得しています。

井口の大リーグ移籍については、ダイエー時代の球団社長だった高塚猛との間で、「覚え書」なるものを交わしていたとのことで、ソフトバンクとしても了承するしかなかった様です。

新外国人のトニー・バティスタですが、期待された割には活躍出来ませんでしたね。独特の構えから、ポイントを前(ピッチャー寄り)にして打っていました。王会長も一時代前のバティングスタイルと言っていましたね。解説の古田(元ヤクルトの捕手)が、ポイントが前なので当たれば大きいのが打てる様な事を言っていましたが、あの構えではインコースの早い球を打つのが難しかった様です。

でも、王監督時代のホークスとしては最多の89勝を挙げ、シーズンは1位になりました。しかし、プレーオフでは、城島の負傷や松中の不振で2勝3敗に終わり、去年に続いてプレーオフという魔物の前に敗れ去りました。プレーオフが無ければ、2003年から3年連続でリーグ制覇となる訳ですから、ファンとしても納得がいかないものが有りましたね。また、オフには城島が大リーグに移籍してしまい、王監督が育てた小久保、井口、城島が続けていなくなってしまいました。ただ、この年のドラフトで、後に中心選手として活躍する、松田宣浩と本多雄一を獲得しています。