若鷹軍団Hawksの軌跡~秋山ホークスの誕生そして日本一へ

2017年10月28日

福岡ソフトバンクホークス2011 完全制覇!鷹戦士V2の軌跡 [DVD]

3位スタートからリーグ優勝へ

2009年、王監督からバトンタッチされた、秋山ホークスの初陣は3位に終わりました。交流戦こそ、全球団勝ち越しというオマケ付きで、2年連続の優勝を飾りましたが、10月になってパリーグ戦の負け越しが決定してしまい、結局トータルでは74勝65敗と貯金は作ったものの、リーグ3位という結果に終わりました。3位なのでクライマックスシリーズには出場しましたが、第1ステージで楽天に0勝2敗と負けてしまいました。選手としても活躍したのは、15勝5敗の成績で最多奪三振と最優秀投手の二冠に輝いた杉内投手と、34ホールドの成績で新人王を獲得した攝津投手くらいでした。

2010年は12球団トップの救援防御率を記録した救援陣の活躍で、ソフトバンクになって初めてのリーグ優勝を果たしました。その救援陣とは、攝津正、ブライアン・ファルケンボーグ、馬原孝浩、甲藤啓介の4人で結成した「SBM48」と森福充彦などです。先発投手で活躍したのは杉内と、過去2年間故障などで不振だった和田が17勝を挙げ復活したくらいですので、救援陣の奮闘が無ければ優勝出来なかったと思います。しかし、クライマックスシリーズでは打撃陣が不振で、千葉ロッテ球団にファイナルステージで敗れてしまいました。千葉ロッテ球団が下剋上を成し遂げた年でも有ります。

ソフトバンクとして初の日本一

2011年は、内川聖一外野手と細川亨捕手をFAで獲得して挑み、その二人の活躍も有り、見事にソフトバンクとなって初めての日本一に輝きます。まず、交流戦で18勝4敗1分けと過去最高成績で優勝し、内川がMVPを獲得します。そして、リーグ戦でも月間成績で一度も負け越さず、交流戦を含めて11球団に全て勝ち越すという完全優勝を果たすのです。内川は交流戦に続き、MVPと首位打者を獲得しました。クライマックスのファイナルステージでも西武相手に4勝0敗と圧倒し、セリーグの覇者である中日と日本一を争うのです。

4勝3敗という結果で日本一になりますが、このシリーズで話題となったのが、後に語り継がれる事となる「森福の11球」です。中日の2勝1敗で迎えた第4戦の6回裏の守り。その時点で2-1とリードしていたホークスですが、その回にノーアウト満塁の絶体絶命のピンチが訪れます。この試合に負ければ中日に王手がかかる大事な試合です。しかし、リリーフした森福がわずか11球で切り抜けたのです。その結果、ホークスはこの試合に勝ち、敵地名古屋で3連勝を果たす事になるのです。

また、ファルケンボーグの活躍も見逃せません。彼が投げると、中日ファンは「とてもじゃないが打てる気がしない」と言っていましたね。翌年からは登板数も減ってきますので、彼の全盛期と言って良いでしょうね。

ここで思うのが、孫正義オーナーの事です。リーグ優勝した時も、日本一になった時も選手から胴上げして貰い、さらにビールかけにも参加していました。そんなオーナーは他の球団にいません!選手と一緒に喜び、「お金は出すけど口は出さない」・・そんな姿勢が選手にもファンにも愛される要因だと思います。今年、選手起用や戦い方にまでオーナーが口を出し、コーチが怒って退団したパリーグのどこかの球団とは雲泥の差ですね。