中国を知る⑤ 中国の厳しい情報統制(1)

前回の記事「中国を知る④ 中国の苦難(2)辛亥革命から中華人民共和国の建国まで」では、中国がなぜ諸外国に強圧的な態度を取るのかについて説明させてもらいました。圧倒的な文明力を背景とした自信とプライドに基づく中華思想がアヘン戦争によってボロボロにされ、アヘン戦争以降はヨーロッパ列強や日本によって侵略を受けた悲劇的な側面を取り上げました。

今回は中国政府の国内政策を取り上げ、特にその厳しい情報統制について説明したいと思います。中国政府による情報統制は新聞やテレビにとどまらずインターネットにも及びます。ネット監視の厳しさは、あのネット検索で有名なグーグル社が中国から撤退したことで注目されました。中国ではフェイスブックも、ツイッターも利用することができません。

なぜ中国政府は厳しい情報統制を敷くのでしょうか。その理由は、中国政府は心の底では中国民衆を恐れているからです。その理由を今回は考えていきたいと思います。

1.中国王朝のほとんどは農民反乱で滅亡している

一党独裁の強権的なイメージがある中国政府ですが、実際は民衆という存在に敏感でむしろ民衆を恐れているのです。その理由は、過去の中国の王朝のほとんどは農民反乱によって、つまり民衆による反乱によって王朝が交替しています。これは他の地域では見られない現象です。

もちろん、ヨーロッパでも農民反乱は起きています。宗教改革のきっかけを作ったマルティン・ルターの運動に触発されて、ドイツの農民が起こしたドイツ農民戦争(1524年)がありましたが、ルターはこの農民反乱を支持せず、ドイツの指導者(諸侯)に鎮圧を要請しています。

ヨーロッパで起きた農民反乱のほとんどはすべて鎮圧されてしまい、中国のように政権が交代することはありませんでした。ヨーロッパにおいて、農民などの貧しい人々が政権を取ることができたのは、1879年のフランス革命まで待たなければいけません。

一方中国ではこれだけの王朝が農民反乱によって滅亡しています。

秦(陳勝・呉広の乱) 前209年  

新(赤眉の乱) 8年

後漢(黄巾の乱) 184年

唐(黄巣の乱) 875年

元(紅巾の乱) 1351年

明(李自成の乱) 1631年

これら全ての農民反乱で、各々の王朝は滅んでいます。

最近では、1989年に起きた天安門事件が有名です。民主化を求めて天安門広場に終結した中国民衆を中国政府が武力で弾圧しました。この事件による死者を中国政府は数百人としていますが、昨年(2017年)にイギリスが発表した外交文書によると、少なくとも1万人以上の中国人が中国政府によって死亡したと伝えられています。

南京大虐殺では世界中に日本の残虐さを伝える一方、自分たちのことになった途端、情報を隠蔽しようするのは中国の特徴です。南京大虐殺について詳しくは「中国を知る④ 中国の苦難(2)辛亥革命から中華人民共和国の建国まで」をご覧ください。

2.「革命は都市から始まる」

中国とヨーロッパの違いは、人口密度や地理的な要因、そして思想の違いが原因です。まず人口密度と地理的な関係性から見ていきましょう。

先ほど触れたフランス革命が起きた場所はパリという大都市です。「革命は都市から始まる」という言葉があります。逆の表現をすると、ヨーロッパでは革命は農村からは始まりません。

写真を見てもらえれば分かりますが、ヨーロッパの場合、農業で生活している人々の家の前には畑があるため、農村では人々は密集せず、分散して生活しています。この物理的な距離が、農民同士が情報を共有することを妨げ、農民が組織化して反乱を起こすことを不可能にしています。ヨーロッパの場合、革命は農村からは起こらないのです。

一方、産業革命によって工業化が進んだことにより形成された都市では、農村とは状況が異なります。農村から出てきた労働者がアパートなど狭い空間に住み、密集するため都市の人口密度は高くなり、人々の情報交換と組織化が容易になります。人口が密集しているため、ビラを配って集会を開けば瞬く間に情報が拡散します。

都市では貧しい労働者などによる組織化が容易であり、今までの権力を握っていた独裁者(ヨーロッパの場合、絶対王政)を打倒する力を確保することができます。これが「革命は都市から始まる」と言われる理由です。

3.「アラブの春」が示す新しい革命と恐怖

最近では、「アラブの春」と呼ばれる中東の民主化運動が起こりました。中東では国王一族による独裁政権などが多く、その政権を打倒して民主主義を確立しようとする運動です。この運動によってチュニジア、エジプト、リビアの政権が瓦解しましたが、一方でシリアでは内戦に突入し、イスラム国などが誕生するきっかけになったことは記憶に新しいところです。

この「アラブの春」で民衆が用いたのが、FacebookやTwitterなどのSNSです。民衆はこうしたSNSで情報交換を行い、民衆の組織化に成功しました。ネットという媒体を用いれば、簡単に情報交換と組織化が可能になり、地球の裏側のいる人間同士が協力し合うことも可能になります。

実際に、イスラム国の思想をネットで知り、共鳴した人物が自国でテロを行うケースが多発しました。これも元をたどればネットがあるからなのです。「アラブの春」はネットを使った新しい革命の在り方を示すと同時に、テロが世界中に拡散するという恐怖も生み出しました。

4.中国の地理的特殊性

話を中国に戻しましょう。中国の農村はヨーロッパとは異なります。ヨーロッパの土地は、氷河が大地を削って出来上がった粘土層で作物はあまり育ちません。その農業生産力の低さを、土地の大きさでカバーしたため、農村の人々は分散して生活をします。

それに比べて、黄河や長江の豊かな水量と周辺の豊かな土壌に恵まれた中国では狭い土地で豊富な作物を収穫できるため、農村の人口密度は高い。

またそれ以外にも、中国の特色として、中国は平野が広大で、そこに黄河と長江という二つの大河が東西に横たわっています。その大河を利用した運河も建設されたため、人々の行き来はとても盛んであり、人々の情報交換も容易でした。

そのため、ひとたび反乱が起きれば、その情報は瞬く間に全国に広がり、民衆は組織化され、ひとつの地方で始まった農民反乱が一気に中国全土に拡大することになります。

今回はヨーロッパと中国の地理的な違いに着目してきました。ヨーロッパにおいて、農村では革命は起きにくく、産業革命によって工業化して都市が出来上がるまでフランス革命のような市民革命は成功しなかったことを確認しました。

中国の王朝が農民反乱によって滅ぼされる背景には、中国の高い農業生産力を背景に、人口が密集し、民衆の情報交換と組織化が簡単にできるため、民衆による反乱も全国に拡大しやすくなることがありました。

こうした中国の地理的要素が、中国王朝の崩壊に大きく働いたことを確認してきました。またそれ以外にも、ヨーロッパと中国では「権力」に対する考え方も異なります。次回はこの権力の考え方について見ていきたいと思います。

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