なかなか個人にあった性教育が行えない 学校とジェンダー セクシュアルマイノリティ編4

もっと知りたい!話したい!セクシュアルマイノリティありのままのきみがいい〈1〉セクシュアルマイノリティについて

性教育自体がなかなか児童・生徒の個人個人に適した指導ができる環境にないのも、セクシュアルマイノリティが自分のセクシュアリティを学ぶ機会がない要因の一つかもしれません。

例えば、ある養護学校では子どもたちの状況に合わせて性教育を行っていました。歌に乗せて身体の名称を覚えたり、人形を使って説明したりと工夫をして、児童・生徒が理解できるように努めていました。とりわけ知的障害を持った児童・生徒は性被害に遭いやすかったり、通常行っているいわゆる座学よりもこういった工夫をした方が理解しやすかったりするからです。

けれども、議員数名から「過激な性教育だ」と批判されました。人形の服を脱がし指導していると、本来と異なった報道もされました。歌の歌詞が性器を含んでいること、歌に合わせて身体に触るということなどが「過激だ」とされたようです。こういったバッシングをされ、中止せざるを得なくなりました。

身体の名称を覚える歌には性器は医学用語を使用し、歌に合わせて身体の部位を触る際には、大切な部分は生徒の手で行っていました。保護者たちもこれらの指導に満足していたようです。

このように、他のマイノリティもそれぞれに合った性教育をしやすい環境ではないのです。(ある一定数セクシュアルマイノリティがいるように、他のマイノリティもセクシュアルマジョリティが大多数ですが、セクシュアルマイノリティも一定数存在します)

マジョリティであってもなかなか個々人に適した指導は行われていないのではないでしょうか。みなさんは児童・生徒時代に性についてどんな風なことをどのように学びましたか?

筆者の場合、二次性徴や大人になった時の身体的な特徴を教えられたり、性病の紹介やエイズ、避妊の一例を学んだりしました。

けれども、実生活の中での「困りごと」をあまり網羅している実感が少ししかありません。性病の症例は分かったけれども、その症状の特徴である「おりもの」の説明がどの段階でもないままきてしまい、「おりもの」に対してわかったのは大人になってからです。

また男性にとって自慰が大切だということや命の大切さは学びましたが、とりわけ女性の身体を大切にするための方法などは学びませんでした。インターネットの質問・相談の場面で望まない性交渉をされたと相談が多々見られますが、その場合、病院へ行って処方された緊急用避妊薬を飲めば望まない妊娠を防げること、望まない妊娠をした場合、自分で人生の計画や出産からの身体的負担を考えて、出産するかどうかを考えてもいいんだということ(リプロダクティブヘルス/ライツ)は学びませんでした。更に、避妊薬であるピルに関しては学ぶ機会はなかなかないのが現状だと思われます。長期にわたって服用するタイプの避妊薬(ピル)は高血圧の方には注意が必要ではありますが、避妊の役割のみならず、女性の月経をコントロールするなどその役割は様々です。「ピルを飲んでいるということが性的なイメージに繋がる風潮がありますが、そういったピルの役割を知れば、「ピルを飲んでいる」ということは自己管理が目的でもあると知ることができるでしょう。

反対に、子どもは尊い存在ですが、子どもができなくてもそのカップルが劣っていることではないということ、特別養子縁組などで子どもを育てることはできることは学びませんでした。今多くの人が悩んでいる不妊の問題も、女性は年齢に伴って妊娠しづらくなることをグラフで説明しようという動きがありますが、その渦中で使用されようとしているグラフには社会的要因などの他の要因が含まれており、再考の余地があること、不妊の原因は4割が男性にもあること、男性の性機能も年とともに衰えてくること、不妊の問題はカップルの問題であることなどを教えた方が、これからを生きる子どもたちにとって身近で役立つ情報となるのではないでしょうか。またそもそも結婚、離婚、再婚などですでに多様化している家族の形などは学ぶ機会は児童・生徒時代では少ないと思われます。

つまり、このようにセクシュアルマイノリティに限らず児童・生徒それぞれに合った性教育が行われづらいのも現状なのです。※1

 

※1中学校あるいは高校でもそうかもしれませんが、男女別に保健体育を行うこともあるようです。筆者は中学時代に保健体育の性に関する授業のみを男女別で受けました。ですので、同世代の当時の男子中学生がどんな性教育を受けたのかわかりませんが、個人個人、性器や性についての考えは多様だと伝えられて欲しいです。また昨今バラエティで見られるような男性器(の優劣)を揶揄するようなことは減少していくことを願うばかりです。