「子供は神様」教育の是非を考える

[高濱 正伸]の子どもを伸ばす父親、ダメにする父親 (角川oneテーマ21)

教育をするにあたって、体罰など子供を苦しめる行為は禁物です。しかし、近年は子供の顔色を過度にうかがう指導法が見受けられるように感じます。サービス業や小売業で「お客様は神様である」という考え方をする会社があるようですが、教育においても「子供は神様」と考える向きが見られます。子供を大切にすることは教育において重要ですが、子供の好きなようにさせてよいわけではありません。そこで、「子供は神様」教育の是非について考えてみましょう。

子供は、様々な希望を持っています。楽をしたい、といったような大人でも持つことのある感情も持っています。子供の気持ちを尊重することは大切ですが、気持ちをすべて受け入れてあげるのが適切とは限りませんね。気持ちに正解はありませんが、気持ちをすべてストレートに出すことが最善ではない、ということを子供に理解させる必要があります。

例えば、宿題をやりたがらない子供に対して、すぐにご褒美を与えるケースがありますが、これでは子供の言いなりになってしまいます。ご褒美をくれないと宿題をしない、という子供の交渉カードを増やしてしまうからです。大人相手でも果敢に駆け引きをする姿勢は、社会に出たときに役立つこともあります。しかし、駆け引きの限度がわかるほど、子供は大人ではありません。単なるわがままな子供にならないよう、子供はあくまでも子供であり、神様だとは考えないようにすべきではないでしょうか。

冒頭で取り上げた「お客様は神様である」というフレーズでも、お客様ファーストを意味しているにすぎず、無茶な要求をする顧客のいうことを聞く、という意味ではありませんよね。行き過ぎた教育が問題視されることが多いですが、緩すぎる(優しすぎる)教育もいかがなものかと思います。ゆとり教育でゆとりを設けすぎ、一気に教科書の厚みを増すなど逆方向に突っ走りがちな教育ですので、子供への接し方の面でも、極端に子供の顔色を見すぎないような適度な教育がなされていくことを願います。