6大一門から考える相撲部屋の位置づけについて

相撲部屋物語 2015年 09 月号 [雑誌]: 相撲 増刊 | |本 | 通販 | Amazon

相撲部屋は大相撲で相撲を取る力士が寝泊まりしている所謂、学生寮のような施設のことをいいます。相撲部屋では、力士の他にも直接部屋を運営し、力士を指導している師匠や、その家内のおかみさん、さらには行司、呼び出し、床山などの裏方と呼ばれている人などが共同で生活しています。部屋によっては力士の指導に特化した親方もいるケースもあります。ちなみに師匠も親方の1種であり、「部屋持ち親方」と呼ばれています。師匠以外の親方は部屋に所属しているという意味で「部屋付き親方」と呼ばれ、区別されています。また、指導者の権利が与えられるのは年寄株を持った元力士に限定されています。

相撲部屋を運営しているのは師匠であるので、一見、単独で稽古を熟したり、交流会を開いたりしているように見えますが、実は、そうでない場面もあります。現在、相撲部屋は全部で43部屋ありますが、各相撲部屋は必ず6つのいずれかのグループに所属なければならないというルールがあります。そのグループは一門と呼ばれていて、具体的には出羽海、二所ノ関、時津風、高砂、伊勢ヶ濱、貴乃花の6つあります。なお貴乃花一門は3年前に正式に誕生した一門で5つの部屋で構成されています。

有名な相撲部屋が、どの一門に所属しているのかを数例上げますと、大関稀勢の里関が所属している田子ノ浦部屋は二所ノ関一門に属し、横綱白鵬関が所属している宮城野部屋は伊勢ヶ濱一門に属しています。大関豪栄道関が所属している境川部屋は出羽海一門の所属です。

この一門は単なる纏まりというわけではありません。例えば、本場所がない期間を中心に、一門一体で稽古が行われる連合稽古があります。また、力士が他の部屋に行って稽古する出稽古も一門内の部屋を優先していくケースが多いです。また、2年に1回行われている日本相撲協会の理事会選挙でも、一門単位で候補者を出したり、投票したりしています。相撲部屋は、力士が0人になってしまったり、師匠が無くなったり、不祥事を起こしたりした場合は部屋が存続できなくなってしまい、閉鎖しなければなりません。特に師匠の問題で部屋が閉鎖された場合、残された力士などは別の部屋に移るか、引退するかを迫られることになりますが、別の部屋に移る際は一門内の部屋になるケースが多いです。最近では、2年前に朝日山部屋で師匠の定年関係で部屋を閉鎖された際には、残った力士や行司は同じ伊勢ヶ濱部屋一門の伊勢ヶ濱部屋と浅香山部屋に転籍されました。

また、一門の繋がりは現役横綱に関して少し身近に感じられると思います。白鵬関と日馬富士関は共に不知火型の土俵入りをしていますが、いずれも元横綱旭富士の伊勢ヶ濱親方の指導を受けていました。実際の横綱土俵入りの際は太刀持ちと露払いを務める幕内力士の2人が必要ですが、自分の部屋で足りない場合は他の一門に属している部屋から借りることが多いです。

ところで、貴乃花一門は構成する他の4つの部屋が一門から離脱したのを纏めて作られた一門です。その中には、昭和の大横綱である双葉山関も師匠を務めたこともある立浪部屋も含まれていて、離脱するまでは立浪一門を形成していました。ちなみに、この一門は現在伊勢ケ濱一門と名前を変えて継続しています。

本場所の取り組みでは同じ部屋の力士同士組まれることはありません。これは、同じ部屋の力士は、兄弟のような存在で、兄弟同士が血を流して戦うのは残酷であるという昔の考え方に基づいていますが、今から52年前までは、この考え方が一門内でも適用されており、一門内の力士同士の取り組みはありませんでした。勿論、本当の兄弟で違う相撲部屋に所属しているケースで適用されます。過去には現式秀親方の北桜関と豊桜関のケースなどがありました。もし、この制度が続いていたら、大関稀勢の里関と琴奨菊関の取り組みは、できなかったことになります。なぜなら、琴奨菊が所属している佐渡ヶ嶽部屋は二所ノ関一門の部屋なので、先述したとおり田子ノ浦部屋と同じ一門になるからです。

これらのように相撲部屋は一門の枠内で運営されています。