これまで琴勇輝関を応援していたのに

相撲ファン歴13年の私にとって現役で活躍している琴勇輝関を楽しみにして相撲を観戦している時期がありました。

まず、琴勇輝関はどんなお相撲さんであるかといいますと、出身は香川県の小豆島で平成3年生まれの25歳です。ちなみに出生地は香川県の丸亀市になっていますが、中学・高校を生活した小豆島の方を本人の希望で出身地として登録しています。取組前に読み上げられるのは、この出身地の方なので、一般的には小豆島出身として定着しております。師匠が元関脇琴ノ若関の佐渡ヶ嶽部屋に所属していて、そこは大関の琴奨菊関がいたり、一昔前は琴光喜関や琴欧洲関(現鳴戸親方)のように大関以上の力士を多く輩出していたりしている有名な相撲部屋です。こういった環境のおかげかどうかは分かりませんが、昨年の5月には関脇まで上がったことがある強い力士です。本名は榎本勇起であるので、始めのうちは「琴榎本」として相撲を取っていましたが、18歳になったのを機に今の名前に変更しました。

関取になったのが今から6年半ほど前、そこから1年で幕内に昇進したものの、関取になって2年後に左ひざの大怪我をしてしまいました。1年間の怪我との闘いの内、幕内に復活し、そこから順当に番付をあがっていき、去年は初めて関脇に上がるなど活躍していました。

力士プロフィール – 琴勇輝 一巖 – 日本相撲協会公式サイト
http://www.sumo.or.jp/ResultRikishiData/profile?id=3083

琴勇輝関の特徴としては、昨年までは取り組みを始める直前に「ホゥ!」という大きな掛け声をかけることで有名ですが、実は、どんな相手に対しても、ひるんだり逃げたりすることなく常に真正面からぶつかって押していく特徴もあり、この特徴の方が私にとっては魅力的でした。なぜなら、どんな相手に対しても逃げることなく正面からぶつかって行くには、それなりの根性が必要で、そのような強靭な精神的強さに私が憧れていたからではないかと思います。しかし、このように押し一本で活躍している力士は、昔は出島関や千代大海関のように、琴勇輝関以外にも結構多くいます。

それでも、琴勇輝関を好んで応援するようになった理由としては、就職活動や、その後の会社員時代と、彼が幕下あたりから活躍し始めていた時期が重なっていたからだと思います。自宅や下宿先でBSを見ることができましたので、13時台から相撲を見ることができました。その時間帯は丁度、三段目の取り組みから幕下の取り組みに切り替わるぐらいの時間帯なので、幕下の取り組みの全てを見ることができました。就職活動や会社等で自分が弱いことを様々な形で露呈していくのが情けなく思い、「自分は頑張っても、どうしようもない人間だ」など、後ろ向きな考え方をするのが常でした。そのような中、休日などで彼の特徴的な仕草や逃げない姿勢を見るたび、精神的に強ければ勝ち続けていける点や、吹っ飛ばしたときに爽快感を味わえる点に気付き、一時的ではあるものの、暗い気持ちを晴らして、気分が楽になりました。

ところが、去年あたりから琴勇輝関の相撲内容が大きく変わってしまいました。それは、これまでのように常に真正面にぶつかって行く内容でなく、ぶつかる直前に相手を避けて叩き落としたり、軽く投げ捨てたりする内容になってしまいました。全部このような内容に変わったわけではありませんが、あまりの変わりようにガッカリしました。

このように取り組みの内容を変えてしまった理由としては、ずっと全力で真正面からぶつかる内容だけだと、体力があるうちは大丈夫ですが、そのうちに体も壊れて大怪我に繋がるからではないかと思います。先述したとおり、琴勇輝関は幕内に上がって暫くして左膝の大怪我をしているので、彼がこのような戦略に切り替えたのは仕方がないと思います。また、もう1つの特徴の掛け声も同じころに禁止令が出されたため、できなくなってしまいました。

今は特に贔屓にしている力士はいないので、どの取り組みも肩入れすることなく展開や戦略を予想しながら見るという、内容を重視した楽しみ方で見ています。このような楽しみ方に気付いたのは、琴勇輝関を通じて力士の現実を知ったからだと思います。