今の相撲界で活躍している花のロクイチについて

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現在の幕内では昭和61年生まれが最多で、早生まれを入れると10人に

現在、幕内で最年長を務めているのは尾車部屋に所属している豪風関で、昭和54年生まれなので今年38歳になります。一方、最年少は今年の初場所に新入幕を果たし貴乃花部屋に所属している貴景勝関で今年21歳になるので17歳の差があります。

幕内は合計42人の力士が在籍していますが、この春場所から第72代横綱に昇進した、田子の浦部屋に所属している稀勢の里関を含め、実は昭和61年生まれの力士が7人と、かなり多く、しかも上位に山積している状態になっています。具体的には稀勢の里関以外に、境川部屋に所属している大関の豪栄道関がいる他、同部屋で妙義龍関・伊勢ノ海部屋所属に所属している勢関・春日野部屋に所属している碧山関・友綱部屋に所属している魁聖関の4人は全て関脇まで昇進した経験がある実力者です。さらに峰崎部屋に所属している荒鷲関は今年に入って初めて幕内上位で活躍するなど実力を伸ばしてきています。

さらに、昭和62年1月から3月生まれの早生まれの力士も含めると10人になり、具体的には木瀬部屋所属に所属している臥牙丸関・伊勢ケ濱部屋に所属している宝富士関・春日野部屋に所属している栃煌山関が追加され、この3人はいずれも三役まで昇進した経験を持つ実力者です。

この次に多いのは、平成2年生まれの力士で6人となっていますが、このうち、貴乃花部屋に所属している貴ノ岩関・田子の浦部屋に所属している高安関・宮城野部屋に所属している石浦関は早生まれとなるため、学年に区別すると3人になります。

過去にも特定の年に生まれた力士が強かった時代はあった

過去にも大相撲界では、ある年に生まれた力士が複数、実力者として活躍していたケースはいくつも存在しています。そして、これらのケースは全て名称がつけられています。

具体的に、まず昭和28年生まれの力士は「花のニッパチ組」と呼ばれており、このグループからは三保ヶ関部屋に所属していて、理事長を2度経験した、第55代横綱北の湖関や二子山部屋に所属していた元間垣親方の第56代横綱若乃花関(2代目)の2人の横綱が誕生しました。それ以外にも、現北陣親方で二所ノ関部屋に所属していた元麒麟児関と春日野部屋に所属していた元栃光関、現山科親方で、出羽の海部屋に所属していた元大錦関は三役まで昇進しており、5人の役力士が昭和50年代の土俵を盛り上げていました。

また、この5人以外にも幕下上位5番で相撲が取れるなど、幕下でも別格と見なされる幕下15枚目以内に上がった力士は大鵬部屋に所属していた龍翔山など10人もいました。

ちなみに、この名称は、この年に国立大学を卒業した学生の中から官僚や経済界などで活躍する人材が多かったことから使われることもあります。これは、旧制の高等学校を経験したり、本土以外の大学から学生を編入したりしたことで多様な人材が養われたことが一因とされています。

次に昭和38年生まれの力士も番付を彩りました。このグループのことを「花のサンパチ組」と呼ばれており、具体的には立浪部屋に所属していた第60代横綱双羽黒関と、今の理事長を務めていて、九重部屋に当時所属していた八角部屋師匠の第61代横綱北勝海関の2人の横綱が誕生しました。さらに高砂部屋に所属していた巨漢で有名な元大関小錦関、井筒3兄弟の末弟で現錣山部屋師匠の元寺尾関、佐渡ヶ嶽部屋に所属していた元琴ヶ梅関、九重部屋に所属して、現在はプロレスラーとして活躍している元考乃富士関も該当し、計6人が幕内後半の土俵で第58代横綱千代の富士関が台頭する中、昭和末期から平成初期にかけて活躍していました。ちなみに、このうち大関以上の3人を花のサンパチトリオと呼ぶこともあります。

さらに、昭和51年生まれの力士が集中して活躍していた時期もありました。あまり馴染みがないですが、「花のゴーイチ組」と一部では呼んで区別しているぐらいです。具体的には、

現玉ノ井部屋師匠の元栃東関、現九重部屋師匠の元千代大海関、佐渡ヶ嶽部屋に所属していた元琴光喜関が有名で、この3人はいずれも幕内最高優勝を経験し、大関まで昇進して活躍していました。この3人以外にも、現西岩親方で鳴戸部屋に所属していた元若の里関や同部屋の元隆乃若関は関脇まで昇進し、現振分親方で、現役時代はパフォーマンスで人気だった元高見盛関と現関ノ戸親方で境川部屋に所属していた元岩木山関は小結まで昇進して、いずれも平成10年代を中心に活躍していました。

学生相撲経験者が中心になりつつある相撲界

これまで取り上げてきたニッパチ・サンパチ・ゴーイチの3例とも、その年の1月から12月として区切っています。なぜなら元麒麟児関、元大錦関、元寺尾関、元岩木山関は早生まれなのにも拘らず、これに含まれているからです。これは、相撲部屋に入門する際、昔は中学を卒業したら直ぐに入門するのが一般的とされていた上、春場所以外の場所でも入門するケースも少なからず存在していたことが考えられます。この為、卒業した直後の春場所は就職場所とも呼ばれています。

これに対し、現在は高校や大学などの相撲部に入部して、実力を磨いてから角界の門を叩くケースが一般的になりつつあります。これは外国出身力士でも同じで、例えば大関の照ノ富士関は相撲の名門校として知られている鳥取城北高校の相撲部に入ってから当時の間垣部屋に入門しました。このような相撲部に入った場合、全日本学生相撲選手権大会などを目指して稽古することになり、そのような大会では同学年の選手を意識する可能性があり、それがプロに入ってからも、そのまま引き継がれることになることを考えれば、現在の昭和61年生まれは4月から3月の、いわゆる年度単位で区切るのが適切だと思います。

この世代が今は活躍しているので、特に別名はつけられていませんが、10年後など、完全に世代交代した時に、「花のロクイチ組」と別名が付けられる可能性もあると思います。その際は、昭和61年4月から62年3月生まれまでの力士10人を指すかもしれません。