八角部屋と関取紹介

現日本相撲協会理事長が師匠を務める八角部屋

第61代横綱北勝海関が師匠を務めている八角部屋は東京都墨田区に部屋を構えており、地下鉄大江戸線が走っている清澄通りを越えれば国技館に歩いていけるぐらいの距離にあります。ちなみに東隣には元関脇水戸泉関が師匠を務める錦戸部屋があり、同じ高砂一門に属する為、出稽古などの合同稽古も行われています。なお、八角部屋では事前に電話で問い合わせすることで朝稽古を見学できることもあります。

現在、八角部屋には幕内で活躍している隠岐の海関と北勝富士関をはじめ、計25人の力士が在籍しておりますが、師匠の出身である北海道生まれが5人なのに対し、中国地方出身の力士が11人もいるのも特徴です。これは名古屋場所後に隠岐島に合宿を行っており、そこで有望な若者をスカウトするなどして入門したケースなどが多いためと考えられます。この他にも、第52代横綱北の富士が師匠を務めていた九重部屋出身で元富士乃真の陣幕親方と元関脇北勝力関の谷川親方の2人の親方と、行司・床山・専属マネージャーとトレーナ-が1人ずつの少なくとも33人が共同生活をしています。

八角部屋の師匠、第61代横綱北勝海関

現在、共に幕内で活躍している隠岐の海関と北勝富士関の2人を育てている八角部屋の師匠である第61代横綱北勝海関は昭和38年6月生まれの53歳で、立浪部屋所属の第60代横綱双羽黒関や高砂部屋所属の元大関小錦関らと共に、「花のサンパチ組」の代表格として昭和末期から平成初期にかけて土俵を盛り上げた力士の1人となっています。

北勝海関は第52代横綱で解説者として活躍している北の富士関のスカウトを受けて上京し、中学卒業後に、彼が師匠を務める九重部屋に入門しました。入門してから丸4年で関取に昇進し、その1年後の昭和59年春場所では既に新関脇まで昇進するほどのスピード出世でした。しかも、その間2度も敢闘賞を取っています。

北勝海関は昭和の大横綱の1人である第58代横綱千代の富士関の弟弟子であったため、千代の富士関との壮絶な猛稽古を重ねるごとに、左四つからの寄りや押し技を磨いていき、徐々に三役に定着するようになり、遂に昭和61年春場所に関脇の地位で初優勝すると好成績を重ねて半年後に大関に昇進することができました。これと同時に四股名を本名の保志から北勝海に改名しました。この四股名は北勝海関が北海道の十勝地方出身だったことに由来します。それ以降は毎場所のように優勝争いに顔を出す存在になり、1年も経たない昭和62年夏場所後に横綱に昇進しました。

北勝海関というと怪我からの復活という印象があると思います。横綱になってから持病の腰痛を悪化されてしまい半年以上も休場して治療に専念しなければなりませんでした。それでも、復帰直後の場所で幕内最高優勝を果たすことができました。ちなみに、これが平成最初の本場所となっています。この腰痛を抱えながら土俵を務めてきましたが、2年後の春場所には左膝を痛めてしまうなど状況が悪化し、これ以降で皆勤できたのが僅か1場所となり、平成4年夏場所前に現役を引退しました。このとき29歳になる直前でしたが、現役生活の中で8回も幕内最高優勝をしており、このうち5回が怪我を抱えた中での優勝であることを考えれば横綱として務めを十分に果たせたと考えて良いと思います。ちなみに先述した左膝を痛めた場所で現役生活最後の優勝をしています。

右四つからの寄りが持ち味の隠岐の海関

隠岐の海関は現在、八角部屋の部屋頭となっています。昭和60年7月生まれの31歳で、ベテラン力士の1人となっています。出身の隠岐の島では古典相撲の風習が残っている影響で少年時代は相撲中心の生活をしており、高校生の時にはインターハイに毎年出場できたほどの実力を持っていました。隠岐水産高校出身とあって当初は航海士を目指していたものの、所属していた相撲部の、別メンバーのスカウトに同席したことがきっかけで力士志望に変わり、平成17年初場所に八角部屋から初土俵を踏みました。

出典:http://www.sumo.or.jp/ResultRikishiData/profile?id=2759

隠岐の海関は入門から丸4年で十両に昇進し、さらに1年後には新入幕を果たすなど、順調に出世していきました。身長が190cmを越えて胴長な体型が特徴で右四つに組んでからの寄りが強みとなっており、この相撲で幕内に定着するほどの実力を有しています。現に、殊勲賞を1回、敢闘賞を2回取っており、金星も第70代横綱日馬富士関から3個も取るなどして、4回獲得しています。特に去年の秋場所で第71代横綱鶴竜関を含めて横綱を2人倒す活躍を見せました。ただ右四つ以外の展開への対応面に課題があり、これまで関脇を含めて6場所三役を務めた経験がありますが、そこで勝ち越したことがありません。これを克服できれば期待できる力士ではないかと思います。

押し相撲を強みにしている成長株、北勝富士関

北勝富士関は平成4年7月、埼玉県所沢市生まれの24歳です。少年時代はスキーやサッカーなど多くの種類のスポーツを経験し、相撲歴は小学校4年生から現在まで約15年ほどです。日本体育大学時代に全国学生相撲選手権大会や国体などで複数回優勝するなどの高い実力を持っていたものの、4年生では付出し資格を得る大会で無冠だったため、平成27年春場所に通常形式での入門となりました。ちなみに八角部屋に入門するきっかけは部屋のマネージャーのスカウトが主因となっています。しかし、その実力は直ぐに頭角を現し、幕下までは各段を1場所ずつ経験するだけで昇進し、入門から1年半後には関取の座を掴むことができました。そして、わずか2場所後には新入幕を果たしました。この時に四股名を大輝から、師匠の四股名に由来する北勝富士に変更しました。今年の初場所も自己最高位の東前頭8枚目で9勝を上げ、負け越した場所が1場所もなく、今後がさらに期待が大きくなっていく力士であるといえると思います。

出典:http://www.sumo.or.jp/ResultRikishiData/profile?id=3630

北勝富士関の強みは押し相撲一本で、決まり手でも押し出しと押し倒しだけで6割近くを占めています。この押し相撲がどこまで通用するのかという楽しみも持てると思います。