様々なものの見方がある「目の見えない人は世界をどう見ているのか」

2018年4月7日

目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書) | 伊藤 亜紗 |本 | 通販 | Amazon

誰でも物を見たり触ったり臭いを嗅いでみたり、色々な方法で物事と触れあう日常を過ごしています。最近ではSNS映えするような写真をアップして料理を見た目から楽しみそれを多くの人にフォローして、見てもらいたいという若い子も増えています。見えることにより世界が広がったり、テレビや雑誌で見た観光スポットに行ってみたいということもあるでしょう。

しかし、見えないということはどういうことなのか、見えるとは当たり前だけれども実は見えていない部分もあるということをこの本では考えさせられます。見えないということは、決して欠落したことではなく、見えている人が使わない脳も自然と使ったりすることができているのです。何か必要なものを得るときに人は様々なほうほうで自分の持つ能力を自然と発揮しているのです。

日々、五感と言われる、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚、これらが基本となりここから様々な物の情報を得て生活しています。中でも視覚は大切なものであり、沢山の物を見ていて目にはいったものから、興味感心が湧くといった動機付けになることもあります。

視覚がなかったらどうなるのか。そうすると、見えない世界を見る方法として、空間認識・声などでの感覚的な物での認識・身体の使い方による認識・言葉によるコミュニケーションでの認識と様々な認識方法があるようです。触って確かめるということは良く聞くことかもしれません。顔の形などもその人の目や鼻やそれぞれのパーツからどのような顔形かを想像したりもします。

社会が見えるのが当たり前でできているために、見えないということが障害となってしまうこともあるかもしれません。最近ではITも発達しているため最新の機器を使った方法でのコミュニケーションや携帯も様々なやり取りのツールとなります。けれども、それだけでは足りないことももちろんあります。

見えない世界でも見える見えない人両者のそれぞれの方法で見るということ、見えない人に対する視覚的に見えている人の少しの配慮も社会には必要なのかもしれません。それぞれが自然と補いあえる環境が普通にあるともっと住み良い社会になるかもしれません。