映画監督・新海誠と映画音楽たち

2020年7月8日

新海 誠Walker ウォーカームック

2016年にスマッシュヒットした新海誠監督の最新作映画「君の名は。」。
2017年7月26日に発売する同映画のDVD&ブルーレイの予約が5月に開始されたのですが、大手通販サイト「Amazon」の売れ筋ランキングの1〜8位を「君の名は。」のDVDが独占するという珍事に、日本中がざわつくという事態が発生しています。
これは、DVDの特典がそれぞれ違うバージョンが4種類、Amazon限定バージョンが4種類、合計8種類も発売されたことが原因で、Amazonだけでなく、楽天やセブンネット、TSUTAYAなども限定特典を発売予定です。
7月の発売に合わせて主演声優の神木隆之介と上白石萌音によるプロモーションも始まり、まだまだ「君の名は。」旋風は終わりそうにありません!

【Amazon.co.jp限定】「君の名は。」Blu-rayスペシャル・エディション3枚組(早期購入特典:特製フィルムしおり付き)(オリジナル特典:描き下ろしA4特製フレーム[高画質印刷]+特殊加工ポストカード2枚組付き)

そんな「君の名は。」ですが、公開当初は絶賛と同じくらい業界関係者からの辛口批評も相次ぎ、「これは映画じゃなくてミュージックビデオ(以下MV)だ。」なんて意見もありました。

しかし、タイアップの本来の意味は、映画のテーマの本質とリンクしたメッセージ性の高い主題歌が、映画の魅力をより引き出し、その映画がまた主題歌の魅力を引き出す相互作用がきちんとなされていることを指すのです。
つまり、主題歌は映画の“顔”。

そう考えると、新海監督がいかに主題歌を効果的に使っているか、自身の映画と同じくらい主題歌のメッセージ性に重きを置いているかがよく分かります。

今回は、新海誠監督作品の中から名曲主題歌とのアンサンブルが素晴らしい映画を3本ご紹介します。

映画「秒速5センチメートル」×山崎まさよし「One more time, One more chance」

5 CENTIMETERS PER SECOND / 秒速5センチメートル (北米版)[Import]

声の主演は水橋研二、今度好美。
どれほどの速さで生きれば、君にまた会えるのだろうか—互いに転校が多く、小学校の卒業と同時に離れ離れになってしまった遠野貴樹(声:水橋憲研二)と篠原明里(声:近藤好美)。二人だけの間に存在していた特別な想いをよそに時だけが過ぎていく。そんなある日、大雪が降る中、ついに貴樹は明里に会いに行くことを決意する。貴樹と明里の再会の日を描いた第一話「桜花抄」、その後の貴樹を別の人物の視点から描いた第二話「コスモナウト」、そして彼らの魂の彷徨(ほうこう)を切り取った表題作第三話「秒速5センチメートル」からなる連作短編アニメーション。

単館公開ながら半年におけるロングランヒットを記録した新海誠監督劇場公開3作目。
桜の花びらが地面に落ちるまでの速さを「秒速5センチメートル」と言った明里への想いを抱いたまま、時が過ぎ大人へと成長していく貴樹。種子島に転校してきた貴樹に秘めた思いを抱きながらも、彼の心が自分とはまったく違う方向を見ていることを悟り、自身の想いを告げることができない澄田花苗(声:花村怜美)。大人になり、貴樹とは別の男性との結婚を控える明里。それぞれの視点から淡い初恋を描き、彼らの想いをすべて乗せて宇宙へ飛び立つかのようなロケットが急上昇していく様と新海ワールドのオーロラのような空の青色が美しい作品です。

One more time,One more chance 「秒速5センチメートル」Special Edition

主題歌は、山崎まさよしの「One more time, One more chance」。
同曲のシンプルなピアノの旋律に乗せて描かれる登場人物たちのもどかしい一方通行を、気づいたら耳を澄ませて何ひとつ聞き逃さないように観ていた、そんな脆く儚い、けれど一生消えることのない想いを見事に映像化しています。
そして、第三話のクライマックスで山崎のサビの歌声が聞こえた瞬間、こみ上げた想いは頂点に達し、涙が溢れます。
同曲は1997年に発表された楽曲なので、書き下ろしではないはずなのに、「いつでも捜しているよ どっかに君の姿を 向いのホーム 路地裏の窓 こんなとこにいるはずもないのに 願いがもしも叶うなら 今すぐ君のもとへ」と、まるで映画を代弁しているかのような歌詞に「新海監督、よく見つけて来たなぁ。」と驚かされます。
本当に驚くほど作品とリンクしているので、そんな中で「〜one more chance」なんて歌われると「もしかして!」と願ってしまい、完全に新海監督の思惑にハマった気分に(笑)新海監督の潔いくらい音楽に作品の見どころを任せているのは、この頃から変わらないので、「映画じゃなくてMV」なのではなく、「映画音楽の使い方が上手過ぎる、観客の欲しいところできちんと主題歌を聴かせてくれる。」
それが新海監督の持ち味なのです。

タイトル:「秒速5センチメートル」
2007年3月3日(土)シネマライズほか全国ロードショー
配給:コミックス・ウェーブ

映画「言の葉の庭」×秦基博「Rain」

言の葉の庭

声の主演は入野自由、花澤香奈。
靴職人を目指す高校生のタカオ(声:入野自由)は雨の日の日本庭園で一人缶ビールを飲む年上の女性・ユキノ(声:花澤香奈)と出会います。
ふたりは約束をしないまま、雨の日限定で逢瀬を重ねるうちに、心を通わせていきます。居場所を失ってしまったというユキノに、彼女がもっと歩きたくなる靴を作りたいと願うようになるタカオ。
靴、デッサン、日本庭園、万葉集、六月の雨—独自の感性と言葉選びにより、まるで小説を読むかのような味わいとテーマ性を持った繊細な新海誠ワールドの“愛”よりも昔、“孤悲”のものがたり。

言ノ葉

主題歌は、大江千里の「Rain」をカバーした秦基博の「Rain」。
同曲は、新海監督が「雨をテーマにした作品を作る時は使いたい」と心に決めていた曲で、監督自身が秦と「Rain」を指定し、本作に合わせて秦がカバーアレンジをしました。
新宿御苑をモデルとした日本庭園が光彩の宝箱みたいに美しい本作。
雨の日の鬱蒼とした木々の隙間から差し込む光の筋がプリズムでキラキラ反射していて、新海ワールドの緑に目を奪われます。
15歳のタカオと27歳のユキノ、生徒と教師、背伸びしても届かない距離、なりたかった大人になれず止まってしまった時間。
「揺らぎ」や「不安」を抱えながらも、早くあの人の隣に立てる人間に成長したいと願うもどかしさがピークに達した瞬間に差し込まれる、力強くも繊細な秦の「Rain」。
新海監督の、触れたら壊れそうな繊細さと「緩・緩・急!」という感じで丁寧に見せておいて、いきなり加速する技に惹き込まれます。
勢いのある気持ち良い風が吹き抜けていくかのような秦の透明感のある歌声に、淀んだ雨天も心も一気に洗われる作品です。

タイトル:「言の葉の庭」
2013年5月31日(金)TOHOシネマズ 六本木ほかにて全国ロードショー
配給:東宝映像事業部
公式サイト:http://www.kotonohanoniwa.jp/

映画「君の名は。」×RADWIMPS「前前前世」

「君の名は。」Blu-rayスタンダード・エディション(早期購入特典:特製フィルムしおり付き)

声の主演は神木隆之介、上白石萌音。
都心に住む高校生の瀧(声:神木隆之介)と田舎暮らしの女子高生・三葉(声:上白石萌音)の夢の中での入れ替わりから始まる少年と少女の恋と奇跡の物語。

主題歌は、RADWIMPSの「前前前世」「スパークル」「夢灯籠」「なんでもないや」の4曲。
加えて、劇中に使われる22曲もの伴奏曲をすべてRADWIMPSが書き下ろし・担当しました。
新海監督自ら「自身の集大成」と言い切る本作。
新海作品では初めての大型ロードショーとなり、映画関係者やファンの間では公開前から「これは確実に来る!」と言われており、その予想を上回る規模で世界中が魅了されました。

前前前世 (movie ver.)

これまで多くの魅力的な楽曲と作品を掛け合わせてきた新海監督ですが、すべて書き下ろし楽曲というのは初めての経験で、主題歌・劇中曲を担当したRADWIMPSとの1年にもわたる共同作業の末に本作が完成しました。
本作に関わる以前は、英語中心や哲学的な深い歌詞、死生観などを歌ってきたRADWIMPSですが、本作で新海監督に求められたのは、すべて日本語で誰が聴いてもストレートにガツンと響くラブソング。
その制作過程はなかなかの苦労の連続だったようで、丸々1曲が完成してから「すべて作り直してくれ」と新海監督に言われることもあったそうです。
新海監督もまた、苦労して出来上がった楽曲に合わせてシーンの演出を変えるなど、秒単位の完璧なタイミングで場面を最大限に生かす楽曲をつけるなど、音楽と絵の組み合わせという自身の持ち味をこだわり抜きました。
その結果、それまで若年層を中心し人気が広がりつつあったRADWIMPSは一気に大ブレイクし、本楽曲で、第40回日本アカデミー賞最優秀音楽賞、第31回日本ゴールドディスク大賞などを受賞しました。

本作以前の新海作品は「繊細」「深々とした静かな」世界観が特徴でしたが、本作ではそれにダイナミックさが加わり、劇中の鍵となる1000年ぶりとなる彗星の来訪と同じくらいの名作&名曲が誕生しました。
RADWIMPSの曲を聴けば、瀧と三葉が運命を駆け巡る姿が浮かぶ、これこそが完璧な書き下ろし、タイアップと言えるでしょう。

タイトル:「君の名は。」
2016年8月26日(金)TOHOシネマズ 新宿ほかにて全国ロードショー
配給:東宝
公式サイト:http://www.kiminona.com/

繊細な物語を紡ぐ映画監督としてだけではなく、音楽のアンテナも抜群に良い新海誠監督。
インタビューなどで見せる穏やかな見た目からは想像もつかないくらい、職人気質で細部までこだわり抜く映画監督なのだと思います。
日本のみならず世界からも称賛され、宮崎駿、細田守に次ぐ日本を代表するアニメーション監督と言われていますが、これからも新海監督にしか出せない、物語の繊細かつダイナミックな清涼感と音楽のコラボレーションのこだわりは譲らずに、唯一無二の作品を生み出し続けて欲しいですね。

(文 / Yuri.O)