ビール大国ベルギー、伝統を重んじる国のこだわりグラスと多様性
まだまだ頑張る修道院
ヨーロッパでは、修道院がビール製造の先駆的役割を果たしましたが、「これは儲かりそうだ」となれば、たちまち利にさとい世俗の人々が群がって来ます。ビール造りの主役は、徐々に一般社会の産業へと移って行きます。
しかし、修道院でのビール造りの伝統が途絶えたわけではありません。
ここベルギーでも主役の座は譲ったとは言え、シメイ(ワロン地域、エノ—州)やウェストマレ(フランデレン地域、アントウェルペン州)のトラピスト会修道院のように、今でもビールを造り続けている修道院は幾つもあります。
トラピストビールの伝統
その中にトラピストビールと呼ばれる製品があります。修道院ビールと混同されることが有るのですが、それとは別のものです。
“トラピストビール”は、厳格な決まりの元で製造しているビールにだけに認められた呼称で、ベルギー貿易通商裁判所の承認を受け、法律で保護されています。
その決まりとは、
・トラピスト会修道院の敷地内の施設で、修道士によって、あるいは修道士の指導に基づいて製造されたビールであること。
・利益は追及せず、売り上げから経費を差し引いた額は、すべて慈善活動に使用されること。
・醸造されたビールは高品質な製品であること。
以上です。
これらの基準を満たした修道院醸造所は、世界中に171ヶ所あるトラピスト会修道院のうちわずか7ヶ所に過ぎず、その中の6ヶ所はベルギーに在ります。
アヘル、シメイ、オルヴァル、ロシュフォール、ウェストマレ、ウェストフレーテレンの6つの地域で、残りの1つはオランダのラ・トラッペです。
まけていないぞ、産業界
一方収益産業としてのビール醸造ですが、ベルギーは世界有数のビール醸造国であると共に、その多種多様性を誇っています。
これはかつてこの国が、オーストリアやフランス、オランダなどの周辺諸国に支配され、文化、言語面、生活様式などで影響を受けていたことと、無関係ではありません。
ベルギーがオランダから独立を果たしたのは1830年ですから、まだ200年も経っていません。アメリカよりも若い国なんですね。日本の明治維新の30~40年前です。
そんなベルギーですが、ビール造りの起源は中世にあり、14世紀にはブリュッセルでビール製造業ギルドが結成されました。
現在最も良く飲まれている銘柄のステラ・アルトワは、1366年創業の醸造所に起源を求められます。
ランビック
ベルギービールの多様性を表す象徴として、“ランビック”があげられます。
これは現在では、ほぼベルギーでのみ生産されるビールで、古くから首都ブリュッセル周辺の、パヨッテンラント地域で造られてきました。
大きな特徴は自然発酵ビールと言う点です。使用されるホップは2年から3年寝かせたもので、香りも苦みも少なくなっていますが、ランビック醸造で求められるホップの役割は、風味付けではなく殺菌作用なのです。このビールの特徴はかなり酸味が強いことです。
ランビックから派生して、サクランボやキイチゴのジュースを加えたもの、またランビックの酸味が苦手な人のために、砂糖を加えて甘く味付けた「ファロ」もあります。
美しきグラスたち
ベルギービールの楽しみは種類の多さと共に、その銘柄を味わうのにふさわしいグラスが用意されていることです。
泡を消さずに、香り・咽喉越しを最大限に楽しむには、どのビールにどのグラスが適しているか?先人の試行錯誤の賜物です。
聖杯型
そう、ファンタジー物語に出て来るあの聖杯型のグラスです。これで味わうのは、もうトラピストビール1択ですね。厳格な決まりの元、世俗の楽しみを捨てた修道士の手によって醸されるトラピストビール。謹厳な重みのある聖杯型で、背筋を伸ばして味わいましょう。
タンブラー型
大振りで、5mmほどもある厚手のガラス製で六角形をしています。ガラスが厚いのでビールがぬるくなり難く、大振りなのでグラスの中に鼻が収まってしまうのです。これは味と香りを共に楽しむのにもってこい。キリッと冷えたヒューガルデン・ホワイトにふさわしいので、別名をヒューガルデングラスとも言います。ヒューガルデンビールとはヴィットビール(witbier)、つまりホワイト・エールのことで、国境を隔てた北部ドイツでも造られています。
原料に小麦が使われるのが特徴で、他の穀物と組み合わせて使ったりします。
チューリップ型
いかにも可愛いふっくらとしたグラスです。グラスの途中に「くびれ」が作られています。この部分で泡が止められ、グラスの外に溢れ出にくくなり、泡持ちが良いのが特徴です。香りを楽しみながら飲むのに向いています。
フルート型
シャンパングラスのような持ち手で細長いフルート型グラスは、ベルギービールに数多くあるフルーツビールを飲むのに持って来いです。綺麗な色合いや浮き上がって来る泡立ちを楽しみましょう。
特殊型
「わぁー洒落てる」と思うのは、「パウエル・クワック」と呼ばれるグラスです。グラスに合わせて木の枠を作り、それを腰に括りつけて持ち運べるようにし、馬車を操る御者でも飲めるようにしたとか。洒落てると言うより、必要に迫られた苦肉の策だったのですね。
普段は花でも生けておきたい気分です。
聖俗互いに負けじとビール製造に励んだ結果、オランダは、世界でも屈指の種類の多さを誇るビール天国となりました。
1説では、1,500種類以上ものビールが製造されているとか。その多くに専用のグラスが用意されているのも嬉しいところです