ビール大国イギリスとアイルランド、守れパブの伝統まことのエール

ご多分に漏れず、始まりは修道院

古代イギリスはケルト人の土地でした。野生の蜂蜜が豊富であったため、蜂蜜酒(ミード)が造られていましたが、人口の増加と共に、次第に酒造りよりも甘みとして味わう使い道が優先されるようになりました。

代替酒として、穀物を原料とする酒が考え出されましたが、当初はあまり美味しいものではありませんでした。この時穀物酒は「エール」と呼ばれます

やがてドイツから移住してきたアングロサクソン人が優れた醸造技術を伝え、現代につながるビール造りが始まります。

他のヨーロッパ諸国同様、最初の頃は修道院が生産の大部分を担い、そこに少数の自家醸造所が混じると言う構図でした。

15世紀頃には組織的・商業的な産業へと成長しますが、18世紀に興った産業革命がイギリスの人口に大きな変化をもたらします。都市生活者の増加に伴い、大都市醸造所の規模がかなり大きくなりました。

産業革命により誕生した労働者階級には、値段が安くなった「ジン」が手頃な飲み物として定着していましたが、飲み過ぎにより健康を損なう者や、酔っぱらい集団の横行が社会問題になります。特に問題視されたのが女性の飲酒で、“マザーズ・ルイン”(母親の堕落の原因)と言う言葉まで生まれました。

ここで見直されたのがビールで、ジンより身体に良い飲み物として推奨されます。

イギリスビールは水が命

日本酒もそうですが、ビールでも“水”は大切な要素です。

スタッフォードシャー州バートンでは、雨水が地下の硫酸カルシウムの層を通過する時、少量の成分が溶け込みます。結果この土地の水は、硫酸カルシウム塩を豊かに含んだものとなり、バートンスタイルのビールの特徴である、ビターでドライな味わいを生み出しました。

イングランドとスコットランドの境界にあるエディンバラ市の地下には、「チャームドサークル」と呼ばれる地底湖が広がっています。この湖から流れ出す支流は、市の中心部から南東に5kmのクレイグミラー地区に流れ込んでいますが、醸造所はこの水脈に沿って発達しました。

この地下水も硫酸カルシウムをふんだんに含んでおり、ペール・エールの醸造に最適です。1900年頃には36件の醸造所がこの地で操業していました。

しかしイギリス全体の醸造所の数は、合併と合理化により、ビクトリア朝期にはすでに減少を始めていました。

エールワイフってご存知ですか?

辞書で調べると、「エールワイフ(Alewife)ニシン科に属する魚類の一種」などと出てきますが、お魚のことではありません。

イギリスでは、15世紀半ばに組織的な世俗の産業へと成長したビール醸造ですが、家庭内でのビール造りも引き続き行われていました。その主な担い手は女性です。

あまり体力を必要とせず、ひとつの工程から次の工程までかなり時間の有るビール造りは、家事ともうまく両立できるのです。また、鍋や樽などの基本的な醸造用具は家庭に有るもので間に合ったので、この作業は嫁入り前の娘が身に付けるものと捉えられていました。

「あの家のおかみさんが作るビールは美味い」などと評判が立つと、自家製のビールを売りに出したり、自分で居酒屋を開いて女主人に納まったりしました。こう言った女性をエールワイフ(ale—wife)と呼んだのです。

彼女たちが開いた居酒屋を「エール・ハウス」と呼びましたが、今日のパブの前身の1つです。

エールワイフには小粋で魅力的な女性と言うニュアンスもありましたが、一方で魔女、男をだます性悪女、はては客の懐を狙う油断ならない女、とのイメージも付いて回りました。

家内醸造ビールは、家庭で飲み切れなかったからと言って好き勝手に売り捌いて良いものでもなく、「コナー」と呼ばれる品質検査員の承認が必要でした。常緑樹の枝を束ねて軒先に吊るしておくと、それを目印に「コナー」がやって来たのです。

もっとも実際には「コナー」の目を盗んでの闇取引が殆どだったそうですが。

パブ

イギリスでビールと来れば、まずパブの光景が目に浮かびます。グラスを片手にカウンターにもたれて談笑する。話題は御贔屓のサッカーチームの成績でしょうか、それとも王子様の結婚式の日取り?

1度は自分も本場のパブを訪れて、ジョン・ブル(John Bull)たちに交じってジョッキを傾けたい。そう思われる方も多いでしょう。

パブ(Pub)とはパブリック・ハウス(Public House)の略ですが、店により様々なスタイルがあります。

古くからの伝統を守り、「今どきスタイル」に迎合するのを潔よしとしないトラディッショナルパブ。

キッズルームを設け、家族向けに力を入れるファミリーパブ。

サッカーやラグビーのワールドカップの時には大盛り上がりで、日本のテレビニュースでも店内の様子が流れるスポーツパブ。

飲むだけではなく、料理に力を入れているガストロパブ。

オーナーたちが様々に知恵を絞ってお客さんを楽しませる方法を考えていますが、世界的な飲酒量の減少傾向には逆らえず、パブの数は減ってきています。

免許法の規制を緩和して24時間営業を認めても、その傾向に歯止めをかけるには至っていません。