葡萄の美酒、夜光の杯 ワインにまつわる歌とお話

おとぎ話の中の葡萄酒

「樵はパンとチーズと葡萄酒のお弁当を持って、森へ出掛けて行きました。」おとぎ話にこんな文章がありますよね。日本風に言えば「ご飯とみそ汁とお漬物」程度の質素な食事ですが、これを読んだ時はなんて美味しそうなお弁当だろう、食べてみたいなぁと憧れました。特にワインじゃなくて“葡萄酒”と呼ぶのが良い。絶対こっちの方が魅惑的な呼び名です。

 

さてどんなお話だったっけ、と思い調べてみるとありました。グリム童話の『黄金のがちょう』。ある村に暮らしていた3人の兄弟、お約束通り上の二人は意地悪で、末っ子は気の良い男。この末っ子が、小人のおじいさんに快くお弁当を分けてあげたおかげで、『黄金のがちょう』を手に入れます。

これが基になっていろいろあったあげく、末っ子はお姫様と結婚し、やがてはその国の王様になりめでたしめでたし。葡萄酒は小道具の一つでしかありませんが、幼心に妙に印象に残りました。

もう一つ、同じくグリム童話の『赤ずきん』、こちらも赤ずきんちゃんはおばあさんのお見舞いに、葡萄酒とお菓子をバスケットに入れて、狼の待ち構える森へと入って行きました。

子供向けのお話にも登場するのは、ヨーロッパではもう普通庶民レベルでワインが飲まれていたって事ですね。

漢詩に歌われた葡萄酒

葡萄酒を詠んだ漢詩と言えば、この歌にとどめを刺します。唐の詩人王翰(おうかん)の詠んだ『涼州詩』の一首です。詩形は七言絶句。

葡萄美酒夜光杯 葡萄の美酒、夜光の杯

欲飲琵琶馬上催 飲まんと欲すれば、琵琶馬上に催す

醉臥沙場君莫笑 酔いて砂上に臥すとも、君笑うことなかれ

古來征戰幾人回 古来征戰幾人か帰る

『葡萄の美酒、夜光の杯(ぶどうのびしゅ、やこうのはい)』家族と別れ故郷を後にし、戦いに出掛けて行く兵士の悲しみを歌った詩です。ここで言う「夜光の杯」は白玉で作られた杯、もしくは月の光を受けて輝く杯のことで、戦いにおもむく兵士が別れの杯を交わしている場面です。盃には月の光に煌めく、美しい深紅の葡萄の酒が満たされています。別れの情を掻き立てるように琵琶の音が響きます。

詩はこの後、「酔いつぶれて砂の上で眠ってしまっても笑わないでおくれ、いにしえより戦場に出て無事に戻ったものなど、殆ど居ないのだから」と続きます。砂漠の月光を受けて輝く、玉の杯に満たされた深紅の酒。杯が美しいほど酒が美味いほど、悲しみは深いのです。

ディオニュソス

ワインにまつわる物語で、酒神ディオニュソスのお話は外せません。この神様、ローマ神話ではバッカスと呼ばれていますが、もともとはトラキア地方(バルカン半島南東部の古い呼び方)の神様として信仰されていました。その地の伝承も混じり合って、ギリシャでお酒の神様となりました。

例によってゼウスが正妻ヘラの目を盗んで、人の子、テーバイの王女セメレーとの間に作った子供で、アジアで隠されて育てられました。その後、エジプトとシリアを放浪した後ギリシャへ戻ったのですが、放浪中にブドウの木を発見され、その栽培法と葡萄酒の造り方を人間に教えられたそうです。

農耕・樹木神であり、ブドウ栽培と酒造技術の開拓者、のちには演劇・芸術を司る神としても信仰を集めました。

ところがこの神様、どうも最初から血生臭いと言うか、狂気や殺人と結びついていたのです。この狂気は、いまだにディオニュソスの存在を許していないヘラのしわざでした。

この神様の姿は美しい青年として描かれ、髪や身体にブドウの蔓をまとわせています。時にはふとっちょのおじさんや、ぽっちゃり赤ちゃんとして描かれることも有りますが。

イカリアのディオニュソス祭

狂気や殺人と書きましたが、中でもイカリア(北エーゲ海の島、ギリシャ領)のディオニュソス祭の秘儀として伝わっているものは、かなり強烈です。

処女も人妻も乙女も老婆も、島の女全てが家事を放り出し、ワインを入れた革袋を背負い、島で一番高い山へ登ります。途中で出会った羊や鹿を八つ裂きにし、生血を啜り生肉を喰らい、ワインを飲み干します。全てを忘れて山野をさまよい、歌い踊り疲れ果てて大地に倒れ伏すまで続いたとか。

この祭りの持つ意味は、当時女性の地位は低く、男の隷属物として扱われたため、日ごろのストレスを晴らす機会が必要だったと解釈されています。一方では、酒に酔う楽しさと、酒に飲まれてしまい正気を失う恐ろしさを説いたものだとの説もあります。

ワインと音楽・映画

歌に歌われたワインや映画に出て来るワインも何本かありますが、どれか一点と言うならこれでしょう。そう、『酒とバラの日々』(Days of Wine and Roses)ですね。

ジャック・レモン演じる酒好きの営業部員ジョーと、リー・レミック演じる大会社の秘書カーステン。会社のパーティーで出会った二人、ジョーの中に自分に無いものを感じて惹かれて行くカーステン。やがて結婚し幸せな日々を過ごしますが、ジョーは酒の上での失敗が続き、職を転々とします。

出張がちのジョーを待つ寂しさを紛らわすために、徐々に酒に頼るようになるカーステン。酒を断とうとしては失敗し、その絶望感を紛らわすためになおさら酒に溺れて行く二人。破滅を悟りなんとか立ち直ったジョーの前に現れたのは、この時になっても、自分の酒に溺れる状態を認められないカーステンでした。

最後のシーンは、酒と決別で来たジョーと、ジョーを失いより一層酒に溺れて行くカーステン、二人の決定的な別れを匂わせて終わります。しかしこれもともとは下戸だった奥さんを、ダンナがお酒の世界に引きずり込んだのですよね。それが最後にはダンナは立ち直り、奥さんは救いのない世界に戻っていく。名作だとは思いますが、私的には後味は悪かったです。

映画に出てくるお酒はワインとは限っていませんが、テーマ曲が“Days of Wine and Roses”ですからね。ヘンリー・マンシーニの甘い美しいメロディと、悲しい映画の内容が忘れがたい一篇です。