ワイン地球を席巻する。南北アメリカ大陸のワイン事情
古代ギリシャ・ローマが育てたワイン。地中海沿岸から世界へ広がって行ったブドウ栽培と、ワイン造りの各国の現状を見て行きましょう。
北米大陸ワイン事始め
スカンジナビアの伝説によれば、コロンブスの出港よりはるか昔、赤毛のエイリークの息子、ヴァイキングのレイフ・エリクソンが、大西洋を横断して新大陸に辿り着きました。その時彼の地には、野生のブドウが生い茂ってたわわに実っていたので、この土地をヴィンランド(ブドウの国)と名付けたとか。
もともと北米全域には、土着のラブルスカ種と言うブドウが生えていましたが、この種はジュースや生食に向いていて、ワイン用ではありませんでした。
16世紀から17世紀ごろに北米にやって来たヨーロッパ人の移民は、ワインを飲みたい一心で、ヴィニフェラ種の苗を根付かせようと励みましたが、なかなか成功しませんでした。過酷な冬の寒さ、猛烈に暑く湿度も高い夏、それでもブドウ栽培は根気よく試みられました。
やがて人々の努力が実を結び、東部のニューヨーク州、ニューイングランド地方、ペンシルベニア州、バージニア州、南部諸州、オハイオ渓谷と五大湖周辺、西海岸のカリフォルニア州、オレゴン州でブドウ栽培は根付きます。
特に地中海地方と気候の似通ったカリフォルニア州は、良いヴィニフェラ種の産地になりました。
1970年代~80年代のカリフォルニア産ワインは、大瓶入りの廉価品で、「ブルゴーニュ」「ポート」「シャブリ」などのラベルがべたべた貼ってあるものでした。しかし現在カリフォルニアでは、間違いなく世界最高レベルのワインが生産されています。
西海岸に比べて、東海岸でのヴィニフェラ種の栽培は苦戦が続きましたが、バージニア州には17世紀ごろから開墾された歴史的なブドウ畑があります。
アメリカ合衆国第三代大統領トーマス・ジェファーソンは、熱心なワイン醸造家で、私邸の有るバージニア州モンティセロには、ブドウ畑も持っていました。「同じ種類では無くともアメリカでも、質ではヨーロッパに負けない、素晴らしい多様なワインを作れるはずだ。」と愛国者の大統領は主張しています。
アメリカ産ワインには、良い意味で伝統がありませんでした。「昔からのやり方」に縛られずに、ワイン造りに化学の助けを借りるのに抵抗感が無かったのです。ステンレスタンクも導入されましたし、広大な畑での栽培にはどんどんトラクターを投入しました。そして今度は、樽熟成がワインの味を決定的に左右することに気付くと、ためらいなく樽熟成へとハンドルを切ります。
世界唯一の超大国となったアメリカ、そのワイン産業をリードするカリフォルニア州、この国の巨大なワイン市場と強力なワイン生産地は、世界のワイン市場で重みを増すばかりです。
中南米では
古代ローマ人が征服先の土地にブドウを根付かせたように、中南米にやって来たスペイン人を中心とした征服者たちも、ブドウ畑の開墾に励みました。自分たちの生活に欠かせないワインを、大西洋を越えて祖国から船で運んでくるのが、無理とわかったからです。
しかし祖国からのブドウ植え付けの命令にも拘わらず、メキシコではついにワイン文化は定着しませんでした。それはメキシコ先住民やメスティーソと呼ばれる人たちが、ワインよりプルケと呼ばれる地酒を好んだからと思われます。プルケはリュウゼツランの樹液を発酵させて造るもので、テキーラの親戚みたいなものです。メキシコではワインはこの2種類のお酒に勝てませんでした。
チリの事情
この国も以前は一般庶民は、ピスコと言うお酒を愛飲していました。ピスコもブドウから造られるのですが、色は無色透明ないしは淡い琥珀色で、度数は42度とかなり高いです。
1973年にピノチェト軍事政権が国権を奪い返したときに、前政権のアジェンデ大統領が大地主から接収したブドウ畑を、またもとの地主に返還してしまいました。ただせっかくブドウ畑を手に入れても、ワイン造りの知識を持たなかった農民たちには、ワインは作れませんでした。
元の畑を取り戻した地主たちにより、ワイン生産が復興しましたが、この時期は世界市場が、新しいワイン産地を探していた時期と一致しました。この幸運にも恵まれたチリワインは、あっという間に世界市場にその地位を築きました。
海岸線に沿った南北に細長い国土は、気候土質の変化に富み、それぞれの風土に合わせて造られる品種も多様です。
アルゼンチンの事情
南米大陸第2位、世界でも8番目の面積を持つこの国で、ワイン用ブドウの主な生産地は、チリのサンティアゴのすぐ東隣、メンドサ地区になります。もっとも両者の間にはアンデス山脈が走っているので、気候的には全く別物ですが。
このメンドサ地区は非常に乾燥した場所ですが、アンデス山脈の豊富な雪解け水を利用した栽培法で成功を収め、現在では世界第五位の生産量を誇っています。
以前は大衆向けのワインが殆どでしたが、チリの成功に刺激されて、各国から外資が導入され、品質の抜本的改良に取り組んでいます。広い国土に支えられた多様性に期待が持たれています。
ブラジルの事情
南米大陸第1位、世界では5番目の面積をほこるブラジルですが、国土のほとんどが蒸し暑い国では、ワイン用のヴィニフェラ種の栽培は根付きませんでした。ワイン生産量もチリ、アルゼンチンに次いで第3位です。
生食用ブドウの生産量が多く、ワイン用ブドウの栽培は、ウルグアイやアルゼンチンとの国境に近い南部フロンティラ地区に集中しています。