ブドウは西へ、ギリシャ・ローマへの進出

地中海沿岸

ブドウは生命力の強い植物なので、切った枝を地面に挿すだけで簡単に根をおろし、殖やすことが出来ます。

コーカサス山脈南麓、小アジア、メソポタミア辺りの原産地で栽培され、ワインとなって彼の地の人々の喉を潤したブドウは、レバント地方を経て、西へ西へと地中海をぐるりと取り囲む地域に広まって行きました。

夏場は日ざしが強く乾燥し、冬に適度な雨が降る。この地中海性気候は、良いブドウが実るのに最適のものでした。また高低差に富んで陽が良く当たり、水はけが良い土地の条件も理想的です。日中はかなり気温が上昇し夜は冷える、この気温の寒暖差はほとんどの果物の甘みを強くします。

海のワインロード

地中海貿易は、現代レバノンの海岸地帯に住み着いたフェニキア人が開拓したものです。当時豊富にあった良い船材のレバノン杉で大型船を建造し、全地中海の交易をその手に納めました。金銀銅錫、琥珀、香料、貴重だったガラス製品や貝紫の売り買いで大いに儲けましたが、軍事力、政治力でギリシャがこの交易網を乗っ取ってしまいました。

ギリシャ人もローマ人も、果実の酒・ワインを愛しまし、ギリシャ本土とエーゲ海の島々に住む人たちは、ブドウとオリーブの栽培に精を出します。この2種類の植物から得られるワインとオリーブ油は、西洋文明の象徴とも言えるもので、壺に入れて簡単に輸送できることから海上交易の主要品になりました。

道が通じるようになれば文化の交流もあり、植民地の拡大にも役立つと言う物です。

イタリア半島の長靴の爪先あたり、カラブリア州にチロと言う村があります。この村で醸造されるクレミッサワインは、古代ギリシャで開かれた、オリンピックの優勝者に送られるワインとして知られていました。

またこのワインロードは大陸を横断して、イギリス南部やフランス内陸部まで伸びていたようです。1953年東北フランスの小さな村ヴィクスで、紀元前5世紀ごろの王妃の墓が豪華な副葬品と共に発掘されたましたが、その中に高さ1m60cmほどの巨大な青銅の壺が有りました。これはワインを水で割る時に使う混酒器(クラテル)と見られ、重さ208kg容量1100リットル、精巧な細工を施したギリシャ製でした。

どうやってこんな大きなものをギリシャから運んで来たのか、そもそも当時この地でそれほどワインは行き渡っていたのかと、おおいに議論されました。

古代ギリシャのブドウ・ワイン事情

古代ギリシャでは、名の知れた品種のブドウだけでも90種以上、ワインにおいては130種以上が数えられます。で、現在では300種を超えるブドウが栽培されているとか。それほど広い国土でも無いのですがね。

古代の詩人も「ギリシャのブドウの種類を数えるより、海岸の砂粒を数える方が容易」と言っています。

ワインの方で有名なものとしては、レスボス島産の「レスボス・ワイン」、古代世界ではちょっとしたブランドでした。中でも「プラムニア酒」と呼ばれる甘口のワインは、完熟ブドウをさらに筵の上に広げて干し、糖度を高めたものを原料としました。出来上がったのは、非常に糖度が高く蜂蜜のように甘いワインで、日持ちがし中世を通してヨーロッパ中から求められました。

もう一つ忘れてはいけないのが、キプロス島産の「コマンダリア」です。原料は地元産ブドウに限られる、自然発酵のみ、4年間の樽熟成など厳しい基準にそって造られたもののみが、「コマンダリア」を名乗ることを許されます。

かのローマの将軍アントニウスが、愛しのクレオパトラに「コマンダリアの如く優雅で甘美なそなたよ」と言って、キプロス島ごとプレゼントしたとか。

ギリシャ流ワインの楽しみ方

古代ギリシャでは通常ワインは、何かを混ぜたり水で割ったりして飲むものでした。「オデュッセイア」の一節に、「1杯のワインを20杯の水で薄めた」との記述がありますが、どんだけ度数の高いワインだったのだ?それかすかに色の付いた水じゃないの?

集会での混ぜ物をする儀式は重要とされ、純銀製の贅沢な混ぜ鉢も登場しました。香料、スパイス、ハーブ、蜂蜜などを混ぜ込んだワインを酌み交わしながら、長椅子に寝そべった人々は、詩や哲学、音楽や医学、愛を論じ合いました。いわゆる「饗宴(シンポシオン、現代のシンポジウム)」ですね。

現代日本ではお堅い社会・経済・政治問題を論じ合うシンポジウムですが、古代ギリシャでは、もっと楽しいものでした。

さて、宴会で供される料理は子羊のロースト、塩漬け肉のシチュー、魚の香草焼き、ルッコラとレタス、干しイチジク、ヤギのチーズ、ナッツ入りのサラダ、エビのハチミツソース和え、大麦のパン、オリーブetc.

これらを堪能した後お気に入りのワインをお供に、長々とした論議になだれ込んだのです。

文学にも造詣の深かった古代ギリシャ、ワインの特徴を表す専用の用語もすでに使われていました。以下その一部です。

アリウシオス・イノス・・・・バランスの良いワイン

プラムニオス・イノス・・・・イカリア島の酸味のあるワイン

イラクリオティス・イノス・・デリケートでバランスの取れたワイン

エリスレオス・イノス・・・・芳香が高いワイン

コスイノス・イノス・・・・・コス島の極上のサラシティス・ワイン

サプリアス・イノス・・・・・薔薇やヒヤシンスの様な香りのワイン

この他にもワインの香りや味を表現する専門用語が、すでに発達していました。ワインは特別の酒として愛されていたのです。