ワイン史に名を留めた歴史上の人々

ヒトとワインの長い歴史の中ではさまざまな物語が生まれ、世界史上の名だたる人々が名前を残しています。そんなお話をいくつかご紹介します。

クレオパトラ

自身とエジプトの安泰のため、せっかく手練手管を尽くして篭絡したカエサル。しかし彼は政争の末、暗殺されてしまいます。クレオパトラの標的はアントニウスに変わりました。

甲板に薔薇の花を敷き詰め、飾り立てた船をナイル川に浮かべ、アントニウスとその友人たちを招きます。その船があまりに豪華だったので、アフロディテが酒神ディオニュソスを訪ねたのだと噂されました。クレオパトラは特別なもてなしを御用意しましたと言って、贅沢な饗宴を開きます。しかしいつもの宴と比べても、取り立てて贅沢と言うほどではありません。

アントニウスがそんな素振りを見せると、にっこり笑ったクレオパトラ、身に付けたイヤリングの片方を外します。そこには一国があがなえるほどの大粒の真珠がはめ込まれていました。それをワイングラスの中にポトリと落とすと、ワインもろとも一気に飲み干します。呆気にとられるアントニウスに、残ったもう片方の真珠を差し出し、同じようにと勧めます。

アントニウスの前に置かれた、宝石を散りばめた大盃に満たされていたのは、グラン・クリュの代表とされるファレルヌム・ワインでした。それも原酒をエチオピアのメロエで、3年かけてじっくり熟成させたもの。この祝宴のために用意されたのです。さすがにためらうアントニウス。

実はこの物語を実験した方がおられるのです。一国が買えるほどの真珠とは行きませんので、お安い淡水パールと、ワインではどうにも溶けにくかろうと、こちらはワインビネガーを用意されました。

実験結果、10粒ほどの真珠を入れたところすぐにぶくぶくと泡立ち始め、2日間置いておくと真珠は一回り小さくなっていたとか。ワインビネガーならいくらかは溶けるのですね。勇敢にもそのビネガーを舐めてみられた実験者様、「舌がぴりぴりした」そうです。

しかしワインに入れた真珠は、さすがにその場では溶けません。場を盛り上げるために、クレオパトラは真珠を丸呑みしたようです。

ドン・ピエール・ペリニョン

17世紀のシャンパーニュ地方に、ベネディクト会のオーヴィレールと言う修道院があり、そこにドン・ピエール・ペリニョンと言う修道士が居ました。現在では発砲ワインの一種であるシャンパンの完成者として名前を残していますが、もともと彼は“ワインの泡を消すこと”の研究に生涯をささげたのです。

当時シャンパーニュ地方では赤ワインが造られていましたが、樽に入れて保存している時に“泡”が発生することが有りました。この泡は現在のシャンパンに見られる洗練された泡ではなく、雑味の元となる粗い泡でした。この泡を何とかしたいものと、当時の修道士たちは頭を悩ませていたのですが、ドン・ペリニョンもその一人でした。

この泡は、秋冬になると気温が下がるシャンパーニュ地方の宿命でした。温度管理が出来ない当時、気温が下がり始めると、ワインの発酵過程が中断されてしまうのです。春になって気温も上がり、酵母が再び活動を始めたところで、生成された二酸化炭素による泡が発生するのです。

このころシャンパーニュ産のワインは樽に貯蔵されていました。しかしイギリスで、樽の代わりにガラス瓶に入れ替えて貯蔵する方法が、考え出されました。これによりワインの酸化や腐敗が防げるようになったのです。

そうなると不思議なもので、ワインを瓶から直接グラスに注いだ時に発砲する泡が、華やかなものと思われるようになりました。瓶の口から溢れ出しパチパチはじける繊細な泡は、フランス宮廷の華麗な宴席に相応しいものとして、受け入れられたのです。シャンパンの誕生です。

しかし修道士ドン・ペリニヨンは、発砲しないワインを作るための研究を生涯続けた人です。その彼が、シャンパンの代表酒とされる「ドン・ペリニヨン」として名前を残しているのは、不本意な事でなないでしょうか?

いえいえ、彼の功績はそれだけではないのです。畑ではブドウの品種改良に取り組み、貯蔵室では、調和のとれたキュベ(ブレンドされたワイン)を作るために、シャンパーニュ地方全土から取り寄せたワインを調合しました。

ブドウ畑と貯蔵室両方にまたがる研究は、彼の様な修道士の身分でなければとても出来なかったでしょう。

ナポレオン

ブランデーの等級にその名を遺した、フランス第一帝政皇帝ナポレオン・ボナパルト。彼が好んだのはブルゴーニュ産シャンベルタンの赤ワインでした。

彼はそのグラスを傾けながら、のたまいました。「勝利の時に飲むべきであり、敗北の時には必要とされる。そんな酒はワイン以外には無い」多分生涯に渡って飲み続けられたのでしょう。

ビスマルク

オットー・フォン・ビスマルク。貴族出身の政治家で、ドイツ首相も務め「鉄血宰相」とあだ名されましたが、この方大のワイン好きです。と言うより美食家でした。

プロイセン国王ヴィルヘルム1世に仕えましたが、ある時国王と食卓を囲む機会がありました。その席でビスマルクが楽しんでいたのは、フランス、シャンパーニュ産のワイン。愛国者を以て知られる彼らしからぬ振る舞いに、国王はつっこんでみました。「オットーよ、それは我がプロイセン産のワインでは無いようだが」

するとビスマルクしれっとして「陛下、畏れながら愛国心と舌は別物でございます」とうやうやしく答えたとか。