なぜ朝鮮半島では宥和施策が続くのか?

前回の記事「朝鮮半島情勢は第二次世界大戦前夜に似ている?」で、アメリカをはじめとする周辺国の北朝鮮への対応は、過去の宥和政策に似ている、という内容を取り上げました。

宥和政策とは、イギリスとフランスが取ったナチス・ドイツ(ヒトラー)への甘い対応です。第一次大戦後にドイツではヒトラーが独裁者となり、ヒトラーは第一次世界大戦で結ばれたヴェルサイユ条約などの約束を破り、次々と領土を拡大していきました。イギリスとフランスは、ヒトラーの暴挙を黙認し、この対応がヒトラーを育て、結果として第二次世界大戦という悲劇を招いてしまいました。

そして、この宥和政策が現在の朝鮮半島で繰り返されており、記事の結論として、今後アメリカや日本などが北朝鮮に対する態度を変えなければ、朝鮮半島には悲劇的な結末がもたらされるのではないか、というものでした。

では、なぜアメリカなどの周辺国は北朝鮮に対して宥和政策をとり続けるのでしょうか。一言でいうと、「北朝鮮はやっかいな国だけれど、崩壊はして欲しくない」。これが全ての国の率直な思いでしょう。それぞれの国がそれぞれの立場で北朝鮮に接しており、見方や態度も異なりますが、どの国も北朝鮮の崩壊を望んでいません。本稿では、各国が北朝鮮の崩壊を望まないその理由を各国の視点から見ていこうと思います。それを踏まえて、今後考えられる朝鮮半島のシナリオを考えてみたいと思います。

1.北朝鮮は中国を信頼していない

各国が北朝鮮の崩壊を望まない理由の前に、北朝鮮と中国の関係を少し確認したいと思います。周辺国の中で北朝鮮がもっとも信頼できるのは中国ですが、北朝鮮は心の底から中国を信頼しているわけではありません。中国をちゃんと信頼していれば、中国軍を受け入れて、現在の日本がアメリカに守ってもらっているように、北朝鮮は中国に守ってもらえばいいのです。信頼関係があれば、そもそも核開発をする必要もないわけです。北朝鮮のミサイルはアメリカを照準にできることが強調されますが、方向を変えれば中国のあらゆる場所にもミサイルを飛ばすことができることも意味します。

北朝鮮にとって、中国は何度も朝鮮半島を支配した歴史があるため、中国は潜在的には敵であるという認識です。2017年2月、金正日の長男である金正男がマレーシアの空港で暗殺されました。この事件とはいったい何だったのでしょうか。実のところは金正男が中国の援助を受けて、金正恩を失脚させるクーデタを計画していたのだそうです。クーデタ後は、金正男をトップとし金王朝を維持したまま、中国のように市場経済を導入し、北朝鮮を親中国家に移行させるプランを立てていたそうです。この計画にはアメリカも協力していたという情報もあります。しかし、このクーデタ計画は金正恩に未然に知られてしまい、金正男の暗殺によって挫折したことは見ての通りです。この事件を契機として、中国と北朝鮮の関係は一気に悪化しました。

2.北朝鮮が崩壊しては困る各国の事情

朝鮮半島の地図を見てもらうと分かりますが、北朝鮮は、北はロシア、西は中国、南はアメリカの支援を受ける韓国、東は日本と、大国に挟まれて存在しています。北朝鮮は各国のバランスを取るために必要な緩衝地帯としてとても重要な場所に置かれています。その意味を各国の事情と照らし合わせながら見ていきましょう。

(中国とロシアの場合)

先ほども触れましたが、中国は北朝鮮の現体制が続くことを望んでいます。ロシアも同じです。もし北朝鮮が崩壊した場合、国境を接する中国とロシアには大量の難民がなだれ込みます。また韓国と北朝鮮が統一するとなると、アメリカと同盟を結ぶ韓国主導の統一となり、朝鮮半島に親米国家が誕生することになります。その場合、中国やロシアの国境付近に米軍基地が配置されることになります。朝鮮半島の統一は、アメリカが中国とロシアを監視する絶好のポジションを確保することになるため、中国とロシアは面白いはずがありません。

(日本とアメリカの場合)

北朝鮮の右側(東側)は日本海に接しています。もし北朝鮮に親中国家ができた場合、北朝鮮に中国軍が駐留することになり、この日本海と接する場所に軍港が作られることになります。これは中国軍にとって日本海に進出するための拠点となることを意味し、日本の安全保障は大きく脅かされることになります。また日本海の先にはアメリカにつながる太平洋もあり、中国の日本海進出はアメリカにとっても大きな脅威となります。また日本の場合も中国やロシアと同様、難民の対応があります。

簡単ですが、各国の事情や見てきました。それぞれの事情や思惑は異なりますが、各国の思いが一致している部分は、そんな無理をしてまで北朝鮮を崩壊させても見返り(メリット)はあまりなく、やはり北朝鮮を崩壊させず現状を維持したい、というのが本音です。なるべく穏便な形で北朝鮮の現政権が変わるよう、金正男をトップにするというクーデタを米中の協力で計画しましたが、うまくいかなかったことは前に触れました。

3.今後の展開は?

今後の朝鮮半島で起こりえるシナリオは大きく分けて2つあります。どちらのシナリオもアメリカと中国、ロシアが連携しながら進展することになるでしょう。

一つ目は、アメリカが経済制裁を続けると同時に中国やロシアにも働きかけ、金正恩体制の内部崩壊を目指す、というものです。軍事介入は避けられるため周辺国へのダメージは少ないですが、まだまだ時間が必要なシナリオです。その間、核、ミサイル開発は進むので北朝鮮の軍事的脅威は拡大し続けます。

二つ目は、軍事介入によって一気に金正恩体制を排除するというシナリオです。その場合、北朝鮮による攻撃によって韓国や日本などの周辺国に被害が出ることが予想されます。どちらのシナリオも大変厳しい選択肢です。

そして金正恩体制が崩壊した後の問題も複雑です。朝鮮半島は統一されるのか、それとも北朝鮮は国家として存続するのか。北朝鮮が存続する場合、次のリーダー(ポスト金正恩)は、暗殺された金正男の長男で現在アメリカに亡命しているとされる金漢率(キムハンソル)が有力候補とされています。次のリーダーがアメリカとの関係を重視するのか、それとも中国か…。次のリーダーの選択が未来の日本にも大きな影響を与えることになります。

今後の朝鮮半島の展開を考えてみると「金正恩が崩壊さえすればいい」というわけではなく、崩壊後のことも考慮しなければいけません。しかし、あまりにも前途多難な未来しか予想できず、暗澹たる気持ちになってしまいます。しかし、これが朝鮮半島の現実であり、私たちが宥和政策を長年にわたり選択してきた結果なのです。