信長の革新性④なぜ豊臣秀吉は朝鮮出兵をしたのか?

前回の記事「織田信長の革新性③豊臣秀吉の課題とは?」では豊臣秀吉の政策に触れました。織田信長は徹底して仏教勢力と戦い、武装解除(政教分離の確立)に成功しました。秀吉が行った「刀狩り」と「太閤検地」には、信長から続く仏教勢力との対立を完全に終わらせる(総仕上げ)という意味がありました。

そして秀吉は武家政権のトップという立場(征夷大将軍)を選ばず、関白という役職になり、朝廷の内部に入ることによって自身の権力を維持しようとしました。しかし他の武士からは、秀吉だけが利益を独占していると見られ、秀吉の死後は豊臣家の求心力は低下。豊臣家は後に天下統一を果たした徳川家康によって滅ぼされました(大坂夏の陣)。

また豊臣家の求心力が低下した背景には、秀吉の大きな失敗も重なりました。「朝鮮出兵」です。秀吉の朝鮮出兵に関しては「なぜ秀吉はあんな意味のないことをしたのか」ということで多くの研究者を悩ましてきました。しかし、ここに世界史の視点を取り入れると、秀吉の朝鮮出兵の理由がはっきりと分かります。そこには信長の残した遺産が、秀吉の時代に「負」の遺産となって秀吉を悩ますことになります。

1.天下統一で生じる問題とは?

前回の記事「織田信長の革新性②信長の政策」では、信長が戦に強かった理由として、徴兵制から傭兵制に切り替えたことをあげました。信長は楽市楽座などによってもたらされる利益によって軍事改革を行い、普段は農業や商業をやっている素人中心の徴兵制から、給料を与えて戦争に集中させる専門兵士の育成、つまり傭兵制の転換を図りました。これが信長が戦に強かった理由です。

しかし、この専門兵士の存在が天下統一を果たした秀吉に大きな問題としてのしかかることになります。専門兵士を作ることは、戦争をしている間はいいのですが、戦争が終わると戦争でしか仕事ができない人が大量に生まれてしまいます。その戦争しかできない人たちは、これからもどんどん戦を行い、報酬(土地)がもらえるとと思っていた矢先に、秀吉が天下を統一してしまいました。もう基本的に戦争はありません。戦争がないということは、兵士たちにとって失業を意味します。兵士の仕事は戦争です。戦争が仕事であるにも関わらず、戦争がなくなってしまうのですから、それは失業状態になるということです。そのため、混乱期(戦国時代)が終結したときというのはどの時代、どの地域においても膨大な兵士の失業問題をどう解決するのか、という問題が生じます。

この問題を解決する方法は、単純に兵士たちに仕事を作ってあげること。一番手っ取り早い方法は「戦争を作る」ことです。国内の混乱を収束させたリーダーは、他の国を侵略することによって戦争を作ります。これは一時的であれ大帝国を築いたアレクサンドロス大王や、地中海を統一した古代ローマ、チンギス・ハンで有名なモンゴル帝国にも当てはまります。

国内の混乱期を平定した強力な英雄は、その後、外に向かう(遠征する)というのは世界史の法則なのです。今回は古代ローマに焦点をあてて、考えていきたいと思います。

2.古代ローマとTPP(環太平洋パートナーシップ協定)

古代ローマが直面した課題を考えるとき、現在日本が抱えている課題であるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に当てはめてると分かりやすいと思います。なぜ日本の農業関係者はTPPに反対しているのでしょうか。TPPが実行されれば、関税が撤廃され、アメリカ産の野菜やオーストラリア産の牛肉が日本に入ってきます。日本の消費者はもちろん価格の安いモノを選択しますから、もし日本産よりも外国産が安く販売されれば、日本国内の農業は破綻。農業関係者は失業してしまいます。

前2世紀の古代ローマの場合も、TPPで想定される問題(国内農家の失業)が現実に起きてしまいました。今から3000年以上前の話です。歴史はおそろしいほど繰り返します。

長きにわたるポエニ戦争に勝利して、ローマが領土を拡大する中で、貴族は土地を手に入れます。その土地で、これもまた戦争で獲得した奴隷を使って、大規模な農場経営を始めます。これを「ラティフンディウム」と言います。奴隷には人件費はかかりませんので、このラティフンディウムによって、安価な農作物が大量に生産され、ローマ国内になだれ込んだ結果、国内の経済構造は激変、ローマ国内に住むもともとの農家はたちまち失業してしまいました。結果、ローマ国内の貧富の格差は深刻な状態になり、治安の悪化などローマは混乱を極めました。

3.古代ローマの領土拡大は問題の先送りにすぎない

では失業した農民はどうしたのでしょうか。彼らは兵士(傭兵)になりました。ラティフンディウムによって莫大な利益を上げた貴族たちによって傭兵として雇われたのです。ローマは、こうした軍事改革によってローマ国内の失業問題を解決しようとしたのです。兵士にとって仕事は戦争であり、傭兵は戦争することによって報酬を得ます。傭兵制を維持するためには、傭兵を満足させるための報酬が必要になり、その財源確保のため、ひたすら戦争を続けるしかなくなってしまいます。

当時のローマが戦争を繰り返して、領土を次々と獲得した背景には、どうしてもローマ国内の問題を解決できず、その崩壊を抑えるための一時しのぎとして、つまりは問題の先送りとして侵略戦争を繰り返したのです。貧富の格差が拡大し、ローマ国内が混乱しているにも関わらず、傭兵たちが戦争に明け暮れた結果、領土は拡大し続けて、気が付けばローマは「地中海統一」を成し遂げていました。しかし、ローマの崩壊を抑えている唯一の対処療法が「戦争」だったのですから、やがてその膨張が限界に達したとき、ローマの崩壊を止めることができるものは何もありません。案の定、ローマ建国から続くローマ共和政が崩壊し「内乱の1世紀」と呼ばれる戦国時代に突入します。

4.世界史の法則はどの時代、どの地域にもあてはまる

世界史には歴史の法則のようなものがあり、その法則はどの地域の歴史でも面白いほどに当てはまります。戦国時代という混乱期においては、その時代を終わらせる改革者が必ず登場し、新しい時代(価値観)を作ります。日本では織田信長、中国では始皇帝になります。しかし改革者は必ず保守派によって抹殺され短期政権に終わります。そして後継者が保守者とのバランスを取り長期政権を築くという法則です。詳しくは「貴乃花親方は秦の始皇帝」をご覧ください。

本能寺で散った信長を引き継いだ秀吉と家康、法家を採用した秦の政策を換骨奪胎した漢。そしてローマにおいても、戦国時代(内乱の1世紀)を終わらせた改革者が出てくるはずです。それが、あの有名なユリウス・カエサルです。そして、このカエサルも保守派であるブルートゥスに暗殺されてしまいます。そして、このカエサルを継承したのが、アントニウスとの争いを制したオクタウィアヌスということになります。「ローマ帝国」の始まりです。

余談ですが、カエサルがブルートゥスに暗殺された時の言葉はあまりに有名です。

「ブルートゥス、お前もか!?」

カエサルはこの後、こう呟いたと言います。

「我が息子よ…」

ブルートゥスの母とカエサルは昔、愛人関係にあり、カエサルはブルートゥスが自分の子どもではないかと考え、かわいがっていたそうです。カエサルはクレオパトラとも愛人関係にあり、カエサルの激しい女性関係は有名です。カエサルというよりは女性たちが放っておかなかったそうです。ちなみにクレオパトラは、オクタウィアヌスとアントニウスがカエサルの後継者として争ったとき、アントニウスに協力しています。しかしアントニウスは敗北(アクティウムの海戦)。これを受けて、クレオパトラも自殺しています(プトレマイオス朝エジプト滅亡)。

5.朝鮮出兵の本当の目的

ここまでくれば、秀吉が朝鮮出兵した理由はお分かりだと思います。秀吉は兵士たちに仕事を作るために朝鮮に行かせたのです。古代ローマでも確認したように、傭兵を満足させるには、ひたすら戦争という仕事を用意し、その戦争で得られた報酬を彼らに与えることでした。

そして当時の兵士たちの報酬とは土地です。しかし太閤検地によって、日本の土地を測り直し、寺などの荘園も没収しましたが、それでも十分な土地はありません。朝鮮出兵の目的は、専門兵士たちに戦争という仕事を作るため、そして戦争で勝利して報酬である土地を獲得するために、秀吉は外に向かう(遠征する)ことを決断したのです。しかし、この試みは失敗したことを私たちは知っています。失敗したことを私たちは知っているために、秀吉の意図などロクに分析もせずに「無駄なことだった」だと断定してしまうわけです。もし成功していたら、もっと違った意見が出てきた思います。

朝鮮出兵は失敗しましたが、「兵士の失業対策のために戦争」という方法は数々の英雄が実践してきました。果たして上手くいったのでしょうか。結果だけを見ると、上手くいったケースはあまりありません。アレクサンドロスの遠征も自身の急死によって、結果として大帝国は分裂してしまいました。またモンゴル帝国が日本に攻めてきた「元寇(これもフビライ・ハンによる失業対策のためと言われています)」ですが、やはり失敗しました。

その理由として考えられるのは、兵士たちのモチベーションの低下です。しばらく戦争をやっていれば兵士たちから「もう戦争は嫌だ」という声が出るようになってきます。そのため、失業対策による戦争は短期的には有効かもしれませんが、長期的に見ると、あまり持続可能な政策ではありません。

秀吉は信長が残した、専門兵士(傭兵)の失業問題を解決することができませんでした。では、秀吉の次に天下統一を果たした家康はどうやってこの問題を解決したのでしょうか。次回、考えてみたいと思います。