「国民」とは何か? オリンピックから考える

平昌オリンピックが終わりました。

日本は今回の平昌オリンピックにおいて、史上最多となる13個のメダルを獲得しました。前回の記事「平昌オリンピックから考える② オリンピックとの向き合い方」において、私は「メダルなんか関係ない」と主張しときながら、テレビに釘付けになって日本人選手を応援し、メダルを獲得した場面にはとても感動しました。

しかし、なぜ私達は日本人がメダルを取ることに対して、これほど喜び、日本人であることに誇りを感じるのでしょうか。「同じ日本人(国民)だから」と多くの人が答えると思いますが、そもそも「国民」とは何なのでしょうか。

1.18世紀末の市民革命によって「国民」が生まれた

今回は「国民」という概念が生まれた歴史的背景を考えていきたいと思います。国民という概念が生まれた歴史は意外と浅く、その起源は18世紀末のアメリカ独立革命(1775年)とフランス革命(1789年)という2つの大きな市民革命にさかのぼります。今回はフランス革命をみていきたいと思います。

フランス革命後、フランス国内は大混乱しました。国王を処刑し、国王から土地(財産)を奪うことには成功しましたが、その財産を誰が相続するのか、という問題が発生します。革命後は、この国王の相続権をめぐって各派閥(グループ)が血みどろの争いをすることになりました。

実権を握ったのはジャコバン派のロベスピエールという人物です。ロベスピエールは自分に反抗する人物たちを次々とギロチンで処刑していきました。これを「恐怖政治」といい、フランス革命よりも恐怖政治で亡くなった人の方が多いという悲惨な事態を招いてしまいました。その後ロベスピエールは、テルミドールのクーデタにより失脚、自らもギロチン台に送られました。

恐怖政治後、権力を握ったのはあのナポレオンです。ブリュメール18日のクーデタによって実質的な独裁者となったナポレオンは、1804年に「ナポレオン法典」を制定します。これにより国王の財産相続権は、国民にあることが正式に定められることになります。国民が国家の所有者、つまり主権者ということになりました。これを「国民国家」と言います。

2.国民とはフィクション

そして、この法律をどの範囲まで適用するのか、どこまでがフランス国民の財産なのか。つまり法律を適用する範囲を定める必要性から「国境」という概念が出てきます。そして、その国家内(領土内)に住む人々に法律を周知する必要性から、国家内(領土内)に住む人々に、国語(標準語)を強制的に教育させる必要が出てきます。

同じ領土内に住み、同じ言語を話す人々を国家が一元的に管理する。こうした条件が揃うことによって「国民(民族)」という概念が発生することになります。

「民族」という概念は、国民よりもさらに新しく誕生したもので、20世紀に入り、各国のナショナリズムを掻き立てる手段と利用されました。今回は、少し話が複雑になりますので、今回は「国民=民族」という図式で説明させて頂きます。

そもそも私と、今回のオリンピックで金メダルと獲得した羽生選手とは何の関係性もありません。たまたま同じ場所(領土)に生まれ、住み、生活の必要性から同じ言語(日本語)を話しているだけに過ぎません。

しかし、国民国家は私と羽生選手の間に共通性を持たせます。それは「日本人」という「民族性」です。国民国家は日本人という民族性を利用して、本来全く関係のない個人同士を結び付けます。国民」とは18世紀末の市民革命前には存在せず、市民革命によってできた国民国家によって人工的に創作された観念のようなもの(フィクション)に過ぎないのです。

こうした同じ民族(国民)というフィクションを利用し、自民族の優秀性と喧伝し、自国民に自信を植え付けるための手段としてオリンピックを利用したのが、あのヒトラーでした(詳しくは「平昌オリンピックから考える② オリンピックとの向き合い方」を)を参照ください)。

非常に冷めた意見で申し訳ないですが、オリンピックで日本人がメダルを獲得し、喜んでいる日本人は、国民国家による安いフィクションに酔いしれているだけなのです。私もその一人です。羽生選手は血の滲むような努力の結果としてメダルを取ったのであって、日本人が民族として優秀だからでは決してないのです。

3.国民国家の利点とは?

現在ほとんどの世界地域で「国民国家」という形が採用されています。その理由は単純に、国民国家は戦争が強いためです。絶対王政の時代、兵士(傭兵)を雇い、武器を調達するお金は国王が負担することになります。こうした国王の財政によって整備された軍を「常備軍」と呼びます。絶対王政とは非常にお金がかかるシステムなのです。

一方、国民国家の場合、国民を徴兵制によって短期間に、大量の兵士を強制的に調達できます。また大した予算もかけずに動員することができます。また国民国家にとって最大の財産は、革命によって国王から獲得した土地(領土)になります。国民はその土地を守るために必死に戦います。また同じ「国民」という民族性によって団結心が生まれ、戦争へのモチベーションをさらに高めます。

徴兵制に関しては、「フランス革命による徴兵制と近代教育の起源」で詳しく述べましたので、そちらを参照してください。

戦争に強い国民国家に対抗するためには、自分達の国も国民国家を採用するしかありません。幕末時代の日本も、こうした国民国家による軍事力に屈服し、開国をさせられました。そして、このままでは欧州列強(国民国家)の植民地にされてしまうという危機感から日本は明治維新によって国民国家という形態を採用することになったのです。

世界史にとって近現代とは、国民国家の時代であることを意味し、国民国家という形態を採用することが「近代化」ということになります。

また国民国家にとって、革命によって国王から獲得した土地(領土)は国民の共同財産ということになります。国民が国家の所有者であり、主権者であることは先ほど述べました。「この土地(国家)をどのように運営していくのか」については国民の話し合いによって決めようということになり、ここから「民主主義」という考え方が出てきます。

世界中で国民国家が増えた結果、19世紀以降、大規模な戦争が立て続けに起きています。第一次、第二次世界大戦は「総力戦」と言われ、国民全体が戦争に巻き込まれました。

そのため民主主義の国家が戦争を行うためには、戦争に参加する国民が納得する大義名分が必要になります。その大義名分を強調するために、自分たちの国は「正義」で、相手の国は「悪」という物語を国家は作らざるを得なくなります。正義は負けることが許されませんから、お互いが戦争をもう続けることができなくなるまで消耗し合う「総力戦」になってしまいます。

「総力戦」については、こちらの記事も「フランス革命を成功させた意外な道具」をご覧ください。

4.戦争によるリスクが高くなった結果…

しかし国民国家は誕生から200年以上が経過して、大きな問題に直面しています。科学技術が発達し、戦争の被害が大きくなりすぎてしまいました。武器が強力すぎて、お互いに武器が使えないという事態も起きました。これが冷戦です。そのため、核兵器を抱えるアメリカとソ連は直接戦えないため、それぞれの子分に戦争をさせました。それが朝鮮戦争(1950年)やベトナム戦争などになります。

こうした事態を受けて「国際連合」や「ヨーロッパ連合(EU)」などが設立されました。目的は、国家の主権や国民の所有権を制限して、戦争の危機を減らすためです。しかし、こうした試みは同時に国民国家の限界を露呈していることにもなります。

今の私達が当たり前だと思っている国家形態である国民国家は、フランス革命によって形作られてから、200年ほどしか経っていない新しいシステムなのです。そして、国民国家は戦争に強いというメリットによって肥大化し、戦争によって自滅するほどのリスクを抱えることになってしまいました。

5.民主主義より君主制の方が歴史がある

歴史を振り返ると、国民国家(民主主義)よりも、一人の独裁者(国王)が国家を運営する絶対王政のような君主制の方が長い年月の間、採用されてきました。もし君主制が間違った制度であれば、これほど長くは採用されてこなかったはずです。民主主義が正しく、君主制が間違っているという単純な話ではないのです。

日本も建前としては、天皇が日本を支配するという君主制という国家形態を採っています。

そして、現代の世界を見渡すと、共産党による一党独裁によって力を拡大する中国や、実質的にプーチン大統領の独裁国家であるロシア、そしてトランプ大統領の誕生は、民主主義という時代の流れに逆行して、君主制が復活しているような現象です。また自民党による独裁のような状態である日本も例外ではありません。

今後、どのような国家形態が現れるのか。世界は大きな転換期を迎えています。

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